朝礼も朝食時も総悟の姿が見えなくて、部屋はもぬけの殻だった。屯所じゅうをさんざ探して回って、いったん戻った俺の部屋で小さくなっているのを見つけてぎょっとした。 障子を後ろ手に閉め、戸惑いながら名前を呼ぶ。 「総悟」 膝に顔を突っ伏す、総悟は返事をしない。 「総悟、どうした」 すぐ傍に膝を突いてそちらへ首を傾げれば、小さく鼻をすすり、くぐもった声が云う。 「近藤さん、お祓い行きやしょう」 「え」 顔を半分だけ上げ、あいつ、と宙を忌々しく睨む。 「物の怪に憑かれちまったんだと思う」 そう零した面差しは酷く幼く見えた。 目元は泣き腫らしたようだったので俺は面食らって、同時にとても痛ましい気持ちになった。 こいつがこんなふうに取り乱すのも致し方ない。だって総悟はずっと俺たちの背中を見てきたんだ。突然全く別方向へ走り出されたら、動揺するに決まっている。 「そうだな、うん」 肩をそっと寄せ、背中を撫でてやる。 あんな土方は可哀想だ、と総悟は漏らした。可哀想という形容はよくわからなかったけれど、ニュアンスは伝わった。 歪んではいるけれど、こいつだってこいつなりにトシのことを好きなのだ。 俺の何がしかの行動があいつを幻滅をさせたのなら諦めも付く。でもそんな心当たりも、兆しすらなかった。本当に物の怪の仕業かもしれない。 右手を背骨に沿ってゆっくり上下させながら、眉根に力をこめる。 俺にだってさっぱり、わからないんだ。 十度目のコールがぷつりと切れて、留守番電話の再生になる。 短縮ダイヤルの最初の登録、「迎えに来い」「嫌だ」で通話時間二秒。それから何度かけても留守電になる。仕舞いにはとうとう電源を切られたようでお繋ぎ出来ませんというアナウンスに変わった。 「飲みすぎですよ」 お妙さんはとっくに別のテーブル、ひとり残っていてくれたおりょうさんの気遣うような声も、今のささくれた気持ちには何の慰めにもならない。 俺はおぼつかない手つきでぽちぽちと、アドレス帳を探った。 トシが顔を出すまで、酒のせいもあるのだろうけれど数時間にも感じられた。 視界の端にようやく見慣れた着物の色が見えて、がばと顔を上げる。トシは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。 いつもなら、電話を鳴らせば何していたって三十分以内には駆けつけてくれるのに。なんで。 「なんで迎えに来ない」 唸ればトシの顔がさらに歪んだ。 「なんでもくそもねえよ、俺だって忙しいんだ」 山崎たちにせっつかれて、仕方ねえから来たんだよ。手間かけさせてんじゃねぇ。ぶちぶちぼやくと、 「さっさと来い」 吐き捨てるように云ってきびすを返す。 席を立ったら足腰が自分のものじゃないみたいに頼りない。ふらつく足取りでよろよろと、背中を追った。 「トシ、ねえ」 ちっとも緩まない歩幅を必死で追いかけ、俺はろくすっぽ考えなしに、うわ言みたいに何度も名前を呼んだ。ネオン街の人ごみにさらわれそうになるのをよろけながらかきわける。 ここにいるのはトシで、俺の知っているトシと寸分違いは無いのに、それなのにこうして別人のように振舞う。 一向に振り向かない背中に、いよいよ俺は惨めな気持ちになって、半分やけっぱちで聞いた。 「俺のこと嫌い?」 思いのほか大声が出た。トシは横顔をちょっと見せて、鼻で笑った。 「ばかじゃねぇの」 ただでさえ耳元でがなる頭痛が一層響く。 ふらりと、手が無意識に前に出ていた。 「なんだよ、離せよ」 抱き寄せようとした腕は振り払われる。 本気の抵抗にどんどん焦りが募る。頭の中の、いちばん大事なところが追い詰められていくような気がする。 だってトシは俺のことが好きで、 俺のことが好きじゃないトシなんてトシじゃなくて、 だってトシが、 俺は力ずくで無理やり、トシの身体を正面から抱きこんだ。 ごちゃごちゃの思考で搾り出したのは、半分裏返った懇願だった。 「俺のこと、好きっていえ」 090607 |