愛してるって言わなきゃ・2


「な、なあトシ、今晩飯食いにいかねえ?」
新聞を広げる土方を隣から覗き込むようにテーブルに肘を付いた。調味料のトレイがすわ転がりそうになるのをあわてて直す。
対する土方はまるで話を聴いていないようで、先ほどから返事をしない。
「おごっからさ」
な、と身体を揺らす近藤に痺れを切らしたように、土方はひとこと吐き出した。
「断る」
プライベートまで干渉される謂われはねぇよ、とにべもない。いつもは土方のほうが近藤にまとわりついているのが、すっかり逆転している。
二日目にもなるとこの事態を隊士連中も不審がり、あちこちでひそひそしているのが聞こえる。

「兜町のほうにいい店知ってんだ。トシのすきそうな」
まだ食い下がろうとする近藤から露骨に顔をそらし、ガサガサ音を立てていい加減に新聞を畳むと、椅子を引いてさっさと食堂を出て行ってしまった。
土方のご機嫌を伺う近藤なんぞ見ていられない。振られてしょげかえる近藤の頭には垂れた耳が見えるようで、自分は忌々しくてガタンと椅子を蹴った。食堂のパイプ椅子はギィと厭な音で軋んだ。

近藤の扱いに、敬意も誠意もくそもない。本当に邪険にしている。
そんな態度をとられては面白くないのは自分だけじゃない。皆なんだかんだで近藤を慕っている連中ばかりだから、大将を蔑ろにされて愉快なわけがない。
普段だって暴言や狼藉はあったが、それはだいたい構って欲しかったり気を引きたかったりで、今とはまるで温度が違う。
その豹変振りに当事者をはじめ戸惑っている者八割、自分を始め苛立ちに代わっているもの二割、といったところ。

ずれた隣の椅子を直し、山崎も困ったように自分をちらりと見た。
「……沖田隊長は今回は絡んでないんですよね」
「なんでィその『は』ってのは」
いや、と口ごもる山崎に、自分は忌々しく眉を寄せた。
「あんな胸糞悪ィ光景、すすんで見たがるバカがどこにいんだ」





その晩遅く。
風呂上り、門にハイヤーが止まったのが見えてつっかけをはいて外に出た。戸の辺りで無表情で靴を鳴らす土方とすれ違う。近藤は随分遅れて、元気のない足取りでとぼとぼ歩いてくる。
後部座席から手招きをされて近づいて、とっつぁんから今晩の話を聞いた。

今晩の宴席、隣は厭だと土方は離れたところに座ったらしい。話を振れども取り付く島がなく、近藤は狼狽していたそうだ。そんなことをすれば近藤の、引いては組の顔をつぶすことになるのがわからないでもないだろうに。
疲れた近藤の横顔を見たら頭に血が上った。


渡り廊下で追いついた背中に、声を張り上げた。
「あのひとのこと、どう思ってんですか」
声は若干かすれてしまった。振り向いた肩は億劫そうに云った。
「なんだ、藪から棒に」
「いいから。答えてくだせェ」
促せば背を竦めて、そうだな、と前置く。
「デキの悪い上司。できれば挿げ替えたい」
声に抑揚はない。目は嘘を吐いていない。自分はその酷薄そうな唇から漏れ出る言葉を受け止めかねた。
喉はからからに嗄れている。それを。
「選んでついてきたのはあんただ」
苦々しい響き。土方は鼻を鳴らして笑った。
「さぁて。何でついてきちまったんだっけな」

話を切り上げたつもりらしい。そのまま背中は前を向いた。平静な足取り。
瞼のすぐ先でちらちらと、炎みたいなものがゆれる。憤りは喉を詰まらせるのだと、自分ははじめて知った。唾を貯め、飲み込み、やっとのことで発音する。

「あんた、自分が何を言ってるのかわかってんのか」
なにもかも放り出してそれでもあのひとを選んだから、なりふりかまわずあのひとを追うから、

だからオレは、あんたに隣を譲ってやったのに。


「なんだ、その目は」
肩越しに振り向いた土方は不可解だとでもいいたげな口ぶりだった。今の自分はきっと凍りついた顔をしているのだろう。
身体が芯から冷えるような、こんなに寒々しい気持ちは、今まで誰に対しても抱いたことがない。





090604