山崎には近藤に直接報告しろと言っておきながら、俺は結局探索の結果を紙に書いて近藤の部屋に置いてくる事しかできなかった。 二日間、真面目にその後を追って調べた結果がその紙に書いてある。 不信人物の定期的な接触はなし。つまり、今現在交際している男はいない。あえて可能性を上げれば接触回数的に銀髪野郎だが、あれはそもそも男としてカウントに入れていいものか迷うので記録には残さなかった。 欲しがっている物は新しい履き物。 あの生活ぶりから新年用の晴れ着などもないだろうと思ったが、着物となると誂えるのに時間がかかる。小物ならば売っているものをそのまま包んでもらえばいい。 二日間眺めていて、とりあえずその格好に合いそうな色合い程度は指定として記しておいた。足のサイズも自力で調べ上げた。あまりこういった作業は得意ではなかったが、二日間それだけに専念すればある程度の成果は得られるものらしい。 足袋も添えた方がいい、と書き忘れた事に自室に戻る途中で気がついた。 慌てて引き返したが、既に近藤の部屋から書き置きは消えており、近藤の姿もなかった。微かに匂いだけが残っている。汗臭い、と志村妙に不評らしい近藤の体臭。俺は別にこれが嫌いではない。長年一緒に居たせいか、馴染んでしまって安堵感すら覚える。 「お疲れさまでした。予想以上にやりましたねぇ」 「沖田か…」 気がつくと、沖田が背後に立っていた。 溜息を一つついて、近藤の部屋を後にする。やはり後からついてくる気配があった。ついてきているのだと俺に知らせるためだけに、わざわざ足音を立てるような男だ。 「近藤さんには、土方さんは風邪で二日ばかり寝込んでいると報告しておきました」 「そうか」 予想外にまともな理由だった事に驚き、背後へとちらりと視線を向ける。 にたぁ、と笑う顔が目に入り、見なければよかったと後悔して自室の戸に手をかけた。 「普段だったら見舞いの一つくらい、必ずよこすような義理堅い人なんですけどねぇ」 「……」 「さすがにああも浮き足だっちまったら、土方さんの風邪くらいで収まるわけもなし」 「……だろうな」 これ以上沖田の言葉を聞くのが嫌で、軽く肘を背後に繰り出した。 服だけを掠めた気配。相変わらずこの男は攻撃の気配を機敏すぎるほどに読む。 まだ何か言い足そうな気配がしたが、付き合う気力もないので部屋に一人で籠った。 隊服を脱ぎ捨て、上着はシャツだけになって床に転がる。 煙草をズボンから取り出し、唇にくわえた。 馴染んだその匂いが鼻先をくすぐる。 昔、まだ俺達がガキだった頃、この匂いは近藤の匂いだった。 もうこれっきりにしたらどうだ。 煙草に火をつけながら自問する。 10年以上思ってきて、これ以上進展する見込みはない。 トシ、と呼んでもらえる。副長として傍らに立つ。それくらいの事に縋って、いつまでもこの場にいるのは馬鹿らしい。俺らしくない。何であの間の抜けた男を恋しいと思うのだろうか。 煙草の灰が、崩れて顔の上に落ちた。指で払うこともせず、目を閉じる。 やはり考えても、考えても、離れられそうにない。 思えば最初に惚れたと自覚したのは、クリスマスの前日だった。 今ではクリスマスイブとして、クリスマスの当日よりも盛り上がりを見せている。 あの当時はそれほど行事として江戸に馴染んでいなかったが、祭りごとが好きな近藤は真っ先にそれに乗ろうとした。その時は三件隣の、茶屋の末娘が相手だった。確か、りん、とかいう名で、近藤より一つ、二つ歳上だったような気がする。 女はきれいなものが好きだ、という俺の言葉を真に受けて、河原で光る石を一生懸命探していた。鼻も指も真っ赤にして、風邪を引くといってもやめなかった。ようやく見つけた黒曜石に良く似た石を、飾りになるよう削ったのは俺だ。削りながら、俺は何故か泣いていた。泣いている理由はその時、まったく分からなかった。 ありがとう、トシ。 そういって、息を弾ませて走っていった背中を今でも覚えている。 その娘は結納を済ませ、嫁入りが決まっているのだと泣いて戻ってきたのはそれから三時間後の事だった。 俺は言葉の限り慰め、宥めすかして、一緒に夕飯を食べた。 何で石を削りながら泣いていたのか、その時ようやく俺は涙の意味を理解した。近藤を、誰にもとられたくなかったのだ。それがどこの女でも、どこの野郎でも、同じ事だ。近藤が俺の事を自分の持ち物扱いするものだから、いつの間にか俺も近藤の事を自分のものだと思うようになっていたらしい。 馬鹿な話だ。 今では近藤は幕府の人間だ。たくさんの部下も抱えて、俺もその一人として背中に乗っている。 「……飲むか」 あれだけ深酒をして、2日酔いに苦しんだというのに、酒がほしくてどうしようもなかった。ふと目を開けると、フィルターを焦がした煙草はいつの間にか火が消え、焦げ臭さを残して灰が顔の上に全て落ちていた。 それを払い落としながら身を起こす。自室にストックしている酒を引っ張り出し、湯飲みに注いだ。つまみも何もなかったが、何故か酒が塩辛い。それが自分の涙の味だと知って、誰もいない部屋でひとしきり俺は笑った。 |