「ご無沙汰していました」 お妙さんの姿が見えたので椅子から跳ね起きる。アルコールのせいか敬礼はびしっと決まらなかった。 「あら」 ちょっと眉を上げて、花のような笑みを浮かべて唇を開く。 「永遠に来なくてもよかったのに」 「またまたァ」 ご冗談を、とへらへらする。お妙さんだって一週間も俺の顔が見られなかったら寂しかったに違いないのに。素直じゃないそんなところも可愛らしいなぁ。彼女は歩みも荒くずかずか近づくと、俺の座るソファの大分端にどっかと腰掛けた。 「いや、大掛かりな捕り物がありましてね」 業務の内容を漏らすわけにもいかないので、当たり障りのない、抽象的なかんじを心がけていたら、途中から脚色が入って身振り手振り、ヒートアップしてきた。 「そこで俺がちぎっては投げちぎっては投げ!いやー、お妙さんにもお見せしたかったなぁ、俺の勇姿を」 「エンパイヤステートビルに上られたり先端を折って振り回されたりしたのかしら。お忙しいこと」 ほほ、と口元を覆う、お妙さんの言っていることはよくわからなかったけれど、おれもガハハと調子を合わせておいた。 「おかわりは」 空いたグラスを指されて、お願いします!と返す。返したらお妙さんはボーイを呼んだ。 「ボトルおかわり、お願いしまーす」 ありがとうございましたっ、という声が店の四方から飛んでくる。あれー、お代わりってそういう意味じゃ、っていうかボトルこないだあけたばっかじゃ、とぐるぐるしたけれど、お妙さんが、何か?と首をかしげるものだから、それが可愛らしくってもうどうでもよくなってしまった。 マドラーをかき混ぜる白魚のような指をうっとり眺める。 薄い水割りを受け取ってちびちびと飲む。彼女の横顔を肴に飲む酒は格別だ。 気の強そうなところ、思い通りにならなそうなところ、それから強がりでもなんでもなく、誰にも屈しないと言わんばかりの瞳。脈がなければなさそうなほど俄然やる気が出る。女性なんて思い通りにならなくてナンボだ。 こんなような女性と一緒になれたらさぞや僥倖だろう。尻に敷かれて、子供はお妙さんそっくりの可愛らしさで、普段しれっとしているくせになんかの拍子でやきもちを焼いてくれちゃったりして、ああ、想像だけでわくわくしてくる。 もう長いことソデにされているけれど、俺なら諦めない。それに女性はなんだかんだ言って、好きっていわれて悪い気なんかしないもんだ。絶対。自尊心をくすぐり続けていればタイミング次第でどうにかなるかも。 ちょっといいムードのBGMが途切れた会話の間に流れる。なんか今いい雰囲気。今だ。 「飲みすぎちゃったかなぁ」 ぐらりともたれかかればひょいと肩を外される。目標を失って俺の上半身はソファに沈んだ。 「お妙さん、六番テーブルご指名です」 「はーい」 この腕をすり抜ける様はまるで蝶。ああお妙さん、あなたは捕まえられない蝶なんですね。 お妙さんの姿が小さくなるまでを名残惜しく見送る。目を細めていたら、 「……大丈夫ですか?」 ヘルプに入っていてくれたおりょうさんが心配そうにこちらを覗き込む。へーきへーき、とひらひら手を振り、身体を起こそうとしてまたぐらりと天井が揺れた。思いの外酒が回ってしまったらしい。 呆れたようにため息を吐くと、おりょうさんはひそひそと俺に耳打ちした。 「今日はもうお妙戻ってこないと思いますよ、タクシー呼びましょうか」 「いやーぁ、それにはおよびません」 若干呂律の回らない舌で応えると、思い通りに動かない手で懐を探る。固い感触に行き当たると引っ張り出した携帯電話を、ぱくんと開いた。 「すぐ迎えに来ます」 ボーイの持ってきた伝票、カードを渡して、中身もろくに見ずにサインをする。お絞りやらを持ってきて介抱してくれたおりょうさんも先ほど呼ばれて別のテーブルについてしまったので、ソファに寝転がって俺ひとりで占領している。 ふわふわした視界で、お妙さんが、エントランスの階段を下りてくるのを捕らえた。俺は嬉しくなって手を振った。客の見送りをしてきたところらしい。お妙さんはこちらに気づくと眉をぴくりとさせた。 「あらまだ帰ってなかったのゴリラ」 なんか変な語尾がついてるけど気にしない。お妙さんの周りに花畑が見えるようだ。 「廃品回収の車でも呼びましょうか?」 気を遣わせちゃって悪いなぁ。俺はぐらぐらしている頭を振った。 「いやいや、それにはァ及びません」 「また土方さん?」 「そうですよォ。いつでも呼べば来てくれるんで!」 得意げに携帯を掲げれば、お妙さんは肩をちょっと竦める。 「いつもいつもご苦労様ね」 部下ってここまで上司のフォローしなきゃいけないのかしら。そんなことを言われたものだから、んーん、と首をゆっくり振った。 「あいつが好きでやってるんですよ」 ふあ、とあくびがひとつ出る。瞼はどんどん重くなってつぶれて来る。 「まあ」 お妙さんのくすくすいう声が、わんわんと鼓膜に響く。 ひどいひとですね。 そのひとことが脳みそに数瞬遅れて届いて、俺はなんだか嬉しくなってしまった。 それは、いい男と云われているのとどう違うのだろう? |