(肆)くるめき


近藤さんとの交接は怖ろしくなってしまうほどの快楽だった。
自分の身体がまるであのひとの形に作られたみたいに拓き、うねり、奥へと誘うのに、おれはわけもわからず翻弄されるばかりだった。
小指の爪の先まで近藤さんの恣になる。善がり泣けば近藤さんも興奮するのか、身のうちで脈が跳ねるのがどうしようもなく嬉しくて、それでおれの喉からは一層甘えたような、自分でもうんざりするような嬌声が上がった。一番奥に吐き出されたときはあまりの衝撃に気が違ってしまうかと思った。

打てば響くような反応に気を良くしたようで、年若い好奇心で近藤さんはおれの身体を夜毎暴く。
触れられれば頭ではなく神経が歓ぶ。肌の下に何かの生き物がいるかのようにさざめく。
意識が真っ白になるたびに、麻薬でもやっているかのような、戻ってこれなくなってしまいそうな危機感に苛まれ、かといっておれに拒む術があるわけもない。



道場の入り口の方で、おお、と野太い歓声が聞こえた。
「すげえ、やったなぁ」
「赤い雪が降るんじゃねえの」
近藤さんが門下生連中の輪の中心にいた。口笛を吹いてるやつもいる。なんだか厭な予感がして足早に立ち去ろうとすれば、
「おーい土方、すげえんだぜ。近藤さん、おみっちゃんとデートまでこぎつけたらしいぜ」
原田の向こうでガッツポーズを決めてみせる近藤さんに、おれは自分の思考が真っ赤になるのがわかった。背筋が不自然に伸びる。
「なんで怒ってんの」
すれ違いざまに呟かれたのが本当に不思議そうな声だったので、鼻の裏がつんとした。


若い娘が惚れた男に望むことが全て叶うなんて、そんな都合のいいことを考えていたわけじゃない。
それでも近藤さんの態度は、あんまりに何も変わらなかった。表情に何の含みも屈託もなく、扱いにもちっとも色気がない。
以前と変わらず女と見ればちょっかいをかけ、おべっかをつかい、そしてその女の話をおれの前でする。なんの衒いもなく。
襟を掴んで詰め寄りたい、おれはあんたの何なんだと。恨み言は腹の中でとぐろを巻く。
おれを抱いているのに、なんで他の女が要るんだ。やることなんか同じじゃないか。女ってだけで、あんたはあんなに優しげな声を出す。

ミツバの顔が頭をふと過ぎった。ミツバもあんな、即物的で下品な行為をするのだろうか。どうも想像に難い。おれのなかで、ミツバと欲は結びつかない。ああいう、荒々しい感情の波とは違う、凪いだ存在だ。ああそれでおれは彼女を好きだと思ったのだ。
大事だと、幸せで居て欲しいと思う。家族に恵まれなかったおれに、安らぎや温かみ、そして他人を大事にする気持ちが自分の中にあるということを教えてくれた、彼女には感謝している。彼女とおれとの間に横たわるのは、いたわりあい、思いやりあう、よほど人間らしい関係だ。

翻って、近藤さんに自分が何を望んでいるのかわからない。他の人間にとられるぐらいなら殺してやりたいとまで思う。おれの痕がずっと残れば良いと、閨のなかでは背中に思い切り爪を立てる。
きっと、おれは彼の幸せなんか考えちゃいない。無様なほどに執着しているだけの、エゴの塊だ。そうなのだとしたら悲しい。
おれたちは出会わない方がよかったんだ。




白粉の匂いが鼻先にふわりと香って、目の前が真っ赤になった。おれは胸に手をつき、顔を思い切り背けた。言葉も忘れて歯を食い縛れば、
「なんだ、悋気か」
声がおもしろそうに笑う。喉が憤りで引きつる。
「ふざけんな、そんな手で、」
おれを抱くって言うのか。抗議は皆まで云えなかった。顎を捉えられて正面から覗かれる。
「そんな手で何」
今度こそ振り払うことは出来ない。指はくすぐるように喉仏を撫でる。
「いらないの」
問われればかぶりを振るほかない。
抱き寄せられるままに身を任せれば、額の辺りで近藤さんが笑った。
「トシも女を抱けばいいのに」
奥歯がきりと鳴る。いくらでもそうしてやりたい。おれも女を抱くんだからお互い様だと、そう云ってやれればいいと思う、そうして平気な顔をしていたい。だってこうしておればっかりがあんたを欲しがってばかみたいだ、悔しい。
悔しいのに、くちびるからはひずんだ声しか漏れない。
「厭だ」

女なんか要らない、あんたがいればいい。あんた以外は誰もいらない、何も。
言い募れずに唇を噛めば、近藤さんの手が 意思を持って背中を下りていく。そこからとろりと熔けていくような錯覚に陥る。
腰の奥のほうがずしりと重くなって、もうすぐにもおれは意識を擲ってしまう。