道場の食客を賄いきれなくなった折、江戸で将軍の警護を募っていると聞き、いっそ総勢で上京することに決めた。 みんな剣が好きなだけの落ち零れだ。このまま田舎で腐っているよりはいい、賭けて見る価値があると思った。向こうに伝があるわけでもない。ただ頼るのは己の腕のみだけれど。多分どうにかなるという、変な確信があった。どうにかしてみせる。俺を頼ってここに集う彼らとなら、護るものがあるならば、俺はいくらだって強くなれる。 上京するのに総悟を連れて行く旨、ミツバさんには昨日話をしてきた。 あいつはまだ子供だ。あっちでの生活が落ち着いてから呼び寄せると、説得はしたのだけれど聞きやしなかった。便りはさせる、なにを置いても身は守る。そう頭を下げれば、 『男の子だものね、仕方ないわ』 と、それっきり彼女は云った。 気立てもいいし芯もしっかりしている。男を立てて決してでしゃばらない。あまりに俗っぽいところがないので俺なんかは、却って粉をかけようという気も起きないのだけれど。 俺は大概のところおちゃらけてしまうし、脇見をしてフラフラするので、もっと飄々とした女性でないとなんだか相手に悪いような気分になる。彼女にはもっと一途で筋を通す、そう、トシに似合いだとつくづく思う。 ずっとこんなに間近で見ていて、彼女のトシへの想いを知らないだなんて云わない。もちろんトシだって憎からず思っているだろう。 総悟については頭を下げたけれど、トシについては言及しなかった。行くなと引き止めるなり、一緒に連れて行けと頼むなり、彼女の好きにすればいい。けれど。 あいつは貴女を選ばないよ。 あいつを人じゃない生き物に、ただ俺にしか飼いならせない獣に、 俺が育て上げたのだから。 荷造りの最中、手ぬぐい何本いるかな、と尋ねたら鼻で笑われた。 「そんなになんでもかんでもいらねえだろ」 そうは云うけれど、どこで野宿になるかわからないし。だからと言って荷物が大きすぎても困るし。変なところまめな俺はこういうのに時間がかかる。 トシの荷物はいつも少ない。この家に持ち込んでいる私物なんか数えるほどだろう。物に執着がないあたり、トシらしいと思う。 「そういや聞いてなかったけど」 今はじめて思い出したように尋ねる。 「お前はどうする、一緒に来るの」 トシは目を見開いた。それから顔が見る見る歪んで、は、と吐き捨てた。 「あんたは、ついてきて当然だと思ってるんだよな」 眉をひそめ、壁をどんと殴る。美男はどんな顔をしても様になるな、とつまらぬ事を考える。 「どうしたっておれがあんたの傍を離れないと、わかって云っているんだろう。莫迦にしてやがる」 声音は悲鳴にも似ていた。 それなら。俺は努めて優しく聞いた。 「置いていって欲しいか」 俯いたまま、駄々をこねる子供のような仕草でかぶりを振る。艶やかな前髪がふりかかった。 壁に近寄り、トシを閉じ込めるように腕を突く。 一回り細い肩を抱きよせて、小さな子供を慰めるように後頭部を撫でた。結った後ろ髪がゆらりと揺れる。 覗き込んだ目元は紅潮していて、泣きたいけれども泣けない、そんな表情だった。腕の中でトシは小さく呟いた。 「あんたはおれから根こそぎ持っていくんだな」 果たしてそれは真実だと思う。 俺はこれまでもこれからも、こいつからずっと奪い続ける。 時間も身体も気持ちもいのちも魂も、それこそ一欠けらも残さず奪い尽くすのだろう。 捕食するものとされるもののように、それは運命付けられていることで、俺自身にはどうにも致し方の無いことのように思われた。 前髪をすくって、額に小さく口付ける。 なあそんな哀しそうな顔をするなよ。 俺は小指をそっと絡めた。力なくされるままになった手を握る。 ひとつだけ約束しよう。トシ、 「俺はお前に嘘を吐かない」 それが俺の、お前への誠だ。 多分最初で、最後の。 【了】200911 |