きみと、いつまでも(参)


「荷物、これで全部か」
ダンボールに肘をついた局長に尋ねられ、はい、と返事をする。
敷地内の移動だったので台車を使えば半日で済んでしまう。まとめて見れば、思ったより私物も少なかった。衣類と、幾ばくかの雑貨、書籍など。それから何振りかの刀、竹刀と手入れの品。かれの愛刀は局長が手ずから運んだ。

ちいさな厨と風呂、厠がついた八畳一間の建物。
息を吸い込めば新築の家のいい香りがする。一ヶ月やそこらで誂えたにしては居心地はよさそうだ。
ぽつりとできた沈黙、しんみりしたムードがいやで口を開く。
「これでしょっちゅう鉄拳制裁を受けることもない思うと、ちょっと残念です」
おどけてみたつもりだったけれど、オレは上手く笑うことが出来なかったようだ。局長はオレの頭をぽんぽん、と軽く叩いた。



副長はようやく昨日退院した。疵の直りが遅く、加えて精神的なものもあり、二ヶ月近い入院だった。
手術後数日はひどく取り乱していて会話にならず、様子が落ち着いても副長に言葉は戻らなかった。筆談など色々試してみたが、ショックからか当日の記憶は喪われてしまったようで、あの事件のことは聞きだせずじまいだ。
医者はストレスから来る失声症だと言う。

現場周辺の捜索は数日続けられたが、手がかりはなく打ち切りになった。川下のほうで工場の廃材に混じってふやけた猫の死骸が見つかったぐらいだった。

容態を見ながら幹部会議を何度も開いた結果、副長を現場に復帰させるのは無理だという結論に至った。相談役という形で暫く療養させるべきだと。
但し、局長の強い希望によって、役職は据え置くことになった。
うちの副長はこいつしかいないから。そう云った局長の言葉に、涙ぐんでいる隊長もいた。
副長の知名度を考え、負傷して一線を退いたことはあえて明らかにせず、対外的には天務省に長期出向、というアナウンスをした。それから療治に専念できるようにと、局長の指示で屯所の敷地内にこの小さな離れを作った。
体の良い隔離のようなものだ。オフの日と同じように、オレや監察方が朝晩の連絡は入れるけれど、月に何度かの往診を除いて外部との接触はほぼ絶たれる形になる。本人が望むかは別として、外出もままならないだろう。


副長はオレたちの会話を聞いているのかいないのか、視線を庭の方へとぼんやり向けている。少しでも慰めになるようにと、局長が作らせた小さな庭園。
肩がひとまわり小さくなった気がする。もう、あの鋭い目をして闘いに生きるかれには二度と会えないのだ、それを思うと無性に悲しかった。

オレは車椅子の前にしゃがみ、下から視線を合わせた。壁にかけられた電話機を指す。
「なにかあったらあの受話器を取って下さいね」
内線ボタンでオレや、局長に繋がるようになっている。携帯メールなどはあるものの、緊急時に備えて設置した。
「オレ、飛んできますから」
呼びかけにも反応は薄い。副長は頷きもしなかった。以前と比べて明らかに精彩のなくなった表情、筆談も最低限しか応じない。

無理もない。かれにとって人生の殆どを占めていた剣を手放すことになったのだから。その動揺、失意はいかほどのものだろう。
それを分かっているからか、局長の副長に対する態度は慈しみに溢れたものだった。傍目で見ていてやるせないほど、甲斐甲斐しく世話を焼く。


「山崎、もういいぜ」
あとは俺がやるから。そう言い添えられて、オレは素直に引き下がることにした。そうだ、副長もオレに憐れまれて愉快なわけがない。
オレはたたきに下りて二人に向き直り、背筋を伸ばして敬礼をひとつした。