病院に駆けつけることが出来たのは、日付が変わってからだった。 「山崎」 病院に似つかわしくない黒尽くめの制服の群れ、そのうち一人がこちらに気づくとオレを呼んだ。 「副長の、容態は」 オレは肩で呼吸を整えながら、揃わない息で尋ねた。永倉隊長が横に首を振る。 「まだ手術中だ」 「局長は」 ついと、指差されたほうへ伸びをして見れば、手術中の赤いランプの下、ベンチに座る局長の顔色はびっくりするぐらい白かった。スカーフはもとより良く見れば制服も、血で重く黒ずんでいる。あれが、副長の。 局長から電話がかかってきたのが十七時過ぎ。 警邏中、局長がトイレに寄った僅かな隙に副長が暴漢に襲われた、と。本人は人事不省で事情も聞けない。とりあえず近くの病院に運ぶから、代わりに現地に来て下手人を追跡してくれと云う。 局長の話を聞いて駆けつけた現場は一面血の海だった。みんな副長のだとしたら致死量を超えているのではと、眩暈がしたけれど努めて冷静に調査をした。 血痕を辿ると現場からふた方向へと延びていたので、副長も反撃したのだとわかった。表通りへ続くものが副長のものだとして、犯人のものと思われる裏手へと続く血痕を追ったが、少し行った川べりの辺りで見失ってしまった。 今あのあたりは再開発の計画が進んでいて住人が少なく、棲みついているのは浮浪者かごろつきで、まともな目撃証言は期待できそうにない。夜っぴいて川までさらうつもりだという井上さんたちに、ひとまず後は任せてきた。 手短に報告を済ますと、 「そうか」 とだけ局長は云った。顎鬚をじりとなぞる音。指、爪の間に拭ききれていない血が見える。副長の、と発音したオレの声は上擦っていた。 「怪我は、どうなんですか」 「重傷なのは足だけなんだが、出血がひどくて」 「大腿部ですか」 木塀に残った血痕の飛び散り方を見て、怪我は下半身だろうと予測はついていた。局長は顔を歪めた。眉に深くしわがよる。 「腱がいってるらしい」 オレは小さく息を呑んだ。副長が、そんな深手を負うなんて信じられない。 今まで何度も修羅場を掻い潜ってきたが、持ち前の反射神経とテクニックで急所はかわし、完治しないような怪我だったことは一度たりともなかった。 ショックが顔に出てしまったのか、局長はふと口元を緩めた。 「大丈夫だ」 オレの肩を持つ、局長だって真っ青なのに。かなりの量を輸血したのだと聞いた。同じ血液型でよかったよ、と茶化して云う、このひとが大将でよかったと思う。 無駄な動揺を防ぐため、幹部クラスだけが呼び出されている。少しはなれたところで腕を組む、さすがの沖田隊長も表情は硬い。 口数も少なく俯き、どれぐらい重苦しい時間が経っただろう、赤いランプがふっと消えた。 中から出てきた医者に、局長と一緒に駆け寄る。 「ひとまず容態は安定しました、」 開口一番そういわれて胸をなでおろす。おお、と周りからも安堵のため息が漏れた。医療班長のオレはポケットからメモを取り出してめくる。 医者曰く、大腿部を袈裟がけに切られていて、両足とも動脈を損傷しており、出血を防ぐことを最優先したこと。断裂している腱の接合を試みたが傷口が不揃いなため上手くいったとは云い難いこと、 (ということは、たぶん凶器は鋭利な刃物ではない) リハビリしたとしても再び立ち上がれるようにはなれないだろう、という説明だった。 副長の隙をついて、しかも現場に残された血しぶきの上がり方から見て、低く屈んだ状態から一撃を繰り出したと思われる、だとしたら相当な使い手だ。 刀ではないのなら凶器は何なのだろう。見慣れない得物で油断をさせるためか。いずれにしても副長の証言を待たないとわからない。 「面会は数分、ふたりまで、くれぐれも患者を刺激しないようにお願いします」 ドアを指されて、局長と顔を見合わせる。頷かれて、局長に続いてオレも扉を潜った。 チューブを何本も繋がれた、副長はひとまわりも小さく見えた。 枕元に近寄って、布団からはみ出た手に局長がそっと手を添える。副長の口から微かにうめき声が漏れた。 「う、」 「副長、副長!山崎です、わかりますか?」 局長の脇から顔を出し、短く、はっきり声かけをする。睫がぶると震えて、何度も瞬き、それからようやく焦点があったようで、局長をぼんやりと見上げた。 「う、あ」 腹に力が入らないのか、吃音を紡ぐ喉は痛々しい。それでも局長を呼ぼうとしているのが、口の形でわかった。それでオレはなんだか泣きそうになってしまった。 「いい、トシ、喋るな」 ひどく優しい、低い局長のせりふに、副長の唸りが止む。 「もう休め」 副長は安堵からか眉をひそめ、気を失ったようにがくりと顎を晒した。 副長の手を握る、局長の手に力が入るのを隣で見て、このふたりがお互いを失わないでよかったと、オレは心の底から思った。 |