きみと、いつまでも(壱)


「そうだ、あんたに話があったんだ」
「ああ、何だ」

そう云って振り仰いだトシは不機嫌でも怒っているのでもない、今まで見たことがない顔をしていた。ちりと感じた違和感を、今考えれば俺は無視するべきではなかった。

トシは俺の腕を取り、人気のなさそうな路地裏へと誘う。
「おい、どこへいくんだ」
「屯所じゃ喋れねえ。聞かれたくない話だ」
大の男二人が通るには心もとない幅だ。足元のゴミ箱や段ボールやらにぶつかりそうになりながら、ちっとも緩まないトシの歩みを訝しく思う。
このあたりは区画整理で立ち退きが進んでいて、廃屋のようなバラックが並ぶ。しょっちゅう小競り合いやら犯罪の絶えない街角だ。腕をとられて入ったどんづまりには、長屋の広場のようで、少しスペースが出来ていた。
向き直ったトシは、世間話でもするように口を開いた。



聞きなれた声が紡ぐせりふで、ひっぱたかれたみたいな衝撃が脳天を突き抜けた。遅れて耳鳴りが劈く。
「なにを、」
言っているか判らない。ひゅうと喉で空気が鳴った。
「だから、」
忌々しそうにトシは吐き捨てた。

「組を辞めるって言ったんだ、」

俺はもう一度、強張った瞬きをするのが精一杯だった。
トシのせりふはとうとうと続く。引き抜き先は民間の特殊警備会社で、様々な星に出向くことになる、その代わりに保障は段違いで、出世も約束されていると。真選組にいるよりもよほど将来性があると。
「破格の待遇なんだぜ、」
語尾はどこか得意げに上がった。

「…俺が、」
ひりつく喉を叩いて絞り出す。声は掠れていた。
「何か至らないことがあったのなら、」
「至らないこと?」
はっ、と鼻で笑う。ああ、こいつがこんなふうに俺を嗤ったことなんか今まで一度たりともなかった。本当に、こいつは俺を見限ろうとしている。そう思ったら思考が爆ぜてしまいそうだった。

「そんなもの、あったとしたって後の祭りだろ」
もう決めたんだ。あんたには悪いけど、もう話はまとまってる。手続きが終わり次第、おれは出てくよ。
声を追って、意味を追って。膝ががくりと崩れた。そのまま俺は力なくその場にへたりこむ。頭を垂れて、喉から出たのは悲鳴のような懇願。
「行かないでくれ」
足元に転がる草臥れた鉄パイプを弄る、トシの皮靴は黒くてらてら輝いている。
「頭上げろよ、近藤さん。そんなことされても困る」
はあ、と呆れたようなため息に戦慄する。

「頼む」
俺は思い切り、額を地面に打ち付けた。痛みなど感じず、ただ頭の中が燃えるように熱かった。
「お前がいないとだめなんだ」
まるで三行半を突きつけられた旦那だ、と頭の隅で滑稽に思う。否笑い話ではない。もっとひどい、この世にこんなにひどい裏切りなんかないと思う。

縋るように上げた視線は合わなかった。トシは面倒くさそうに自分の足元を睨んでいる。
トシが俺を見ない。頭が真っ赤になった。


だってお前は、俺の事だけをずっと、