口内を満たす息苦しさに咽て、俺は飛び起きた。 飛び起きて、俺の身体を跨ぐようにベッドに座っている人影に、心臓が止まるかと思う。何度も瞬きして俺は悲鳴を上げた。 「カ、カイル?おどかすなよ!」 「グッドイーブニング、スタン」 カイルは節をつけてそう言うと笑った。俺は鼻に抜ける刺激臭にもう一度噎せた。 「なんだこれ、お前俺に何飲ませた?」 それは俺がよく知ってる味だった。暗がりで、カイルの手に見覚えのある瓶が握られているのを確認して、俺は叫んだ。 「ガッデム、酒じゃんか!」 カイルはふわふわした口調で、うん、と頷いた。 「景気づけにね。僕も飲んだし、君にもちょっと。でもそんなに飲ませてないよ。あんまり飲むと役に立たなくなるって聞いたから」 何のことを言ってるのだかまるでわからない。俺は潜めた眉をつまんで呻いた。 「つまり、その。どういうこと」 「鈍いなあスタン。家の人がいない日に、窓から忍んできたんだからわかってもよさそうなもんだけど。夜這いだよ、夜這い」 「夜這い?」 耳慣れない単語に鸚鵡返しをすれば、カイルは酒瓶をごろんと床に放って、酒臭い息を吐く。 「だから、スタンとメイク・ラブしに来た」 「はぁ?」 「愛し合えないならしないよ、ただのセックスなんて空しいだけだもの」 酒のせいか芝居がかったようなせりふを吐きながら、カイルはジャンパーのジッパーを下してシャツを脱ぎ始めた。ジーンズは既に脱いでしまっていたようで、毛布の上に投げ出された足が、夜目にぎょっとするほど白い。 シャツの下から出てきたものに俺は絶句した。 それは所謂アダルトな、ポルノマガジンの中だけでしか見たことがないような、レースで縁取られたマイクロビキニで、真ん中にスリットが入っていて乳首が丸見えで、おおよそ下着の体を成していない。ショーツのほうはもっと酷くて、リボンとひも状のレースが内股とウエストでデルタを作っているだけで、性器は丸出しだった。 まだ体毛が生えていないそこは、プレイメイトみたいにつるつるで、丸みを帯びた尻から足にかけてのラインは中性的で、真っ白な肌に黒いレースとショッキングピンクのリボンがやけに扇情的に見えた。 更にその上に乗っているのがオムツの頃から知ってる顔と来てる。 ただそのカイルの顔も、頬が上気していて、唇はアルコールでてらてらと輝き半分ばかり開いていて、別人みたいに艶めいて見えた。アーモンド型の少し吊った大きな目。縁取られた赤い睫が、ばさりと瞬く。深い緑の瞳に見据えられて、俺はやっとのことで喉を鳴らした。 「ど、うしたんだよそれ」 「通販だよ。何でも買えるよね」 俺が、そういうことじゃなくて、ともごもご言うと、カイルは平坦なトーンで聞いてくる。 「気持ち悪い?なら脱ぐけど」 ごくりと喉仏が上下する。頭にピンクの霞がかかったみたいだ。酒だ。これはアルコールのせい。がんがんした頭で、まだ俺は言い訳を探している。 「気持ち、悪い、ってわけじゃ、」 気持ち悪い、どころか、俺の息子は意思に反して完全に反応してしまっている。隠したくて腰を引けば、カイルは俺の股間のテントに気づいたようで、唇を吊り上げてにやりと笑った。長い付き合いでも見たことがない表情だった。ああ、こいつは欲情してるんだ。 こちらにしなだれかかってくるカイルに、俺は身を強張らせる。混乱とわけのわからない興奮で、頭が爆発してしまいそうだ。 「スタン」 俺を呼ぶカイルの声は、仔猫みたいな媚を含んでいる。 「僕、スタンがすき」 小さな頃から何度も聞いているはずのそのせりふは、明らかに違う意味を含んで、衝撃を持って俺の耳に響いた。 「ウェンディの何千倍も、スタンのことが好きだよ」 「……カイル、」 自分の舌に乗るカイルの名前さえもが甘く響いた。 「ねえ、スタン?」 ねだるように目を伏せられて、俺は吸い込まれるようにカイルの唇に自分のそれを重ねた。 「ん、…ふっ」 カイルの口はジェムソンの味がして、その先を探るとだんだんと甘くなってきた。女の子みたいに化粧やコロンの匂いじゃなくて、もっと昔から知ってるような、プリミティブな甘さだった。 音を立てて唾液が顎を逃げるのを、カイルの舌が追いかけて掬うのがいやらしくて、俺はカイルの身体を抱きよせた。 そろりと腰を撫でる。女の子のような肉付きじゃなく、折れそうな細さだった。ウエストをくくるサテンのリボンの感触がやたらと卑猥だ。カイルは自分の背中に手を回して、俺の手を取り尻たぶまで誘った。 「スタン、ここ」 カイルの荒くなった息が俺の頬にかかる。至近距離で緑の瞳が揺れている。 「ここなら、慣らせばね、女の子と同じだから」 入れて、と、促されるまま人差し指を添えれば、ぶちゅっと酷い音を立てて難なく呑み込まれた。中は酷く熱く熔けていて、うねるように俺の指を包み込む。 「んううっ」 「カイル?痛い?」 慌てて表情を伺うと、カイルは息を荒げながら、気持ちいい、もっと、と言った。意思を持って指で中を探るたびに、カイルの腰がおもちゃみたいに跳ねる。 「だめ、出ちゃう、う、」 カイルがひときわ大きく身体を震わせる。ぎょっとして視線を下すと、ばたばたっと白濁が俺のスゥエットの上に散った。男同士だから演技もくそもない。カイルは確かに、今俺の手でイった。 精液塗れになったレースの黒に、ただでさえ細切れになった俺の理性が霧散していくのがわかった。 「ひゃん、スタンっ」 俺は身体を屈めるとビキニのレースをずらして、カイルの胸に思いきりむしゃぶりついた。薄い皮膚を吸い上げれば、乳首が歯の間でぴんと立つ。 「あァ、ン、」 続きを強請るようなカイルの声がたまらなくって、俺は夢中になった。自分の前が張り詰めすぎて苦しい。舌でねぶり、乳首の形を確かめるように甘く噛む。 左手を内股から這わせると、絶頂に達して緩んだそこは二本目もやすやすと飲み込んだ。人差し指と中指を中で開けば、カイルは身を捩ってよがる。 カイルの喘ぎ声は俺の、動物じみた衝動を内から突き上げた。 もどかしい気持ちで自分の下着から、ぬるぬるになったペニスを取り出す。 俺はカイルの背をベッドに押し倒すと膝を抱え上げて、そのまま覆いかぶさった。こめかみで銅鑼が鳴ってるみたいに、鼓動がどくんどくんとうるさい。 カイルがショーツをずらして、自ら指でアヌスを左右に広げる。こちらを伺うように見る、快楽に潤んだ瞳が俺の臍下を焙る。 ペニスをアヌスに宛がうと、力任せに一息で、奥まで打ちつけた。 「ア、ぁああーっ」 カイルの膝ががくがくと震え、背中が弓みたいにしなった。内部がみちりと粘着質な水音を立てる。 「く、ううっ」 きつい締め付けに俺の喉からも上ずった声が出る。俺のペニスが、カイルの腹の奥までみっしりと埋まっている。その実感がじわじわと腰から立ち上ってくる。 「ひっく、ッ、」 カイルは感極まったように泣きじゃくり、カイルのペニスは黒いレースから炙ったウインナーみたいに飛び出して、涎をだらだら垂らしている。 もっとおかしくしてやりたいような、凶暴な衝動に捕らわれて、俺は遠慮なく腰を遣い始めた。 「らめ、え、スタン、ッ、」 狙いを定めて、奥に思いきり打ち付けるたび、カイルの目はどんどん焦点が合わなくなって虚ろになっていく。裏返った声が悲鳴みたいになって、意味のないものになっていく。それでも唾液をたらしっぱなしの口の形が、俺の名前を呼んでるのだとわかったら、もういくらももちそうになかった。 俺はカイルの上に突っ伏して、息を整える。汗と体液まみれの身体が重なる感触さえ気持ちが良かった。身体を拭こうという気にもなれない。 こんなセックス初めてだった。まだ頭の芯が麻痺したみたいになっている。 カイルの胸が震えて、スタン、と俺を呼んだ。俺は自分の上半身を少し上にずらして、カイルの鼻先で瞬いた。 真っ赤に泣きはらしたカイルの、目の下をそっと撫でてやる。カイルはすねたように唇を突きだした。 「ウェンディとちゃんと別れて。僕を選んで」 「カイル、」 スタン、お願い。そう言うカイルの声音は、俺がよく知っている、まだ幼いものだった。カイルの手は俺のそれを探し当てると、ぎゅうと指をからめる。 「ウェンディには代わりがいくらだっているだろ。でも僕は、スタンがいないと生きてけない。セックスしたらもっと、そう思った」 俺は自分の歯列を舌でなぞる。カイルの指先は冷たく、小さく震えていた。 「だから僕を振るなら殺す気で振ってよ、」 俺はもう物も言えなくて、カイルの身体をただ抱きしめた。 ぜんたい卑怯だ。そんなこと言われて、俺がカイルを突き離せるとでも思うのか。 カイルの髪のシャンプーの匂いを胸一杯に吸い込みながらようやく、俺はうわごとみたいに呟いた。 「選ぶよ、お前を」 お前だけを。そう繰り返せば鼻の奥がつんとして、そこから熱を持ってきた。 僕から説明しようか?と言われたけれど、(そしてカイルならやりかねないと思ったけれど)俺とウェンディは最後の話し合いを持って円満に別れた。実際彼女の中ではとっくに終わっていたことだった。 ウェンディにキープがいるのは判っていた。いつだって誰かと比べられていることも。今となっては、なんであんなに彼女に縋り付いていたのかわからない。でもきっと俺は、誰かに捨てられることが怖かったんだ。 俺たちの関係に恋人が加算されてしばらくすると、カイルはウェンディとおんなじぐらい、いやそれ以上の焼餅妬きだということがわかった。 でもウェンディと違ってカイルはよそ見なんかしないし、貢がないでもセックスをさせてくれる。それどころか自分からしたいってねだってくるし、俺の望むことは何だってさせてくれる。腹を探り合わなくったって、お互いのことはだいたいわかる。最高の恋人だ。 昼間のカイルは友達と年相応にはしゃぐティーンエイジャーで、たとえば壇上でスピーチしている堂々とした姿からは、ベッドの中の乱れっぷりなんか嘘みたいだ。 今までどんな女の子と寝たって、どこかちゃんと現実と地続きだというシビアな感覚があった。でもカイルは違う。ピロートークのアイラブユー、が、だんだん俺の心の、一番真ん中にあるフィリングを蝕んでいくのを、俺はただ感じている。抗うつもりもない。 階段から降りてくるカイルの姿を認めて、俺は柱の陰に身を隠した。通りすがるタイミングを見計らって腕をぐいと引けば、ひゃっ、と悲鳴が上がった。 「びっくりした?」 胸に手を当てるカイルの首を腕で引きよせ、こめかみに小さくキスを落とした。 「びっくりしたよ!スタン」 誰かに見られちゃうって、とくすくす笑いながらも、カイルは俺の背に手を回してくる。少しあたりを見回して、掠めるようなキスをもうひとつ。触れた唇はマシュマロみたいで、際限なく俺の欲望を煽る。 あれからずっと俺は、魔法にかかったみたいにふわふわしてる。 カイルは、俺がいなけりゃ死んじゃうって言った。ほんとにそうだったらいいのに。俺に一生、いかれっぱなしだったらいいのに。 どうかこいつがいつまでも、正気を取り戻すことがありませんように。俺はお門違いだと十分に知りながら、神様に祈った。 end. 130305 |