unplugged1


「それでウェンディが、」
また始まった。
僕はうんざりしてテーブルに頬杖をついた。不機嫌を隠そうともしない僕のことなんてまるで気にせずに、スタンは話を続ける。
せめてもの抗議に、ブリックパックの牛乳をずず、と音を立てて吸い上げた。


ミドルスクールに持ちあがってから生徒の人数も増え、カートマンとケニーとはクラスが別れてしまった。
カートマンは相変わらず僕を見かけるたびお約束のようにユダ公だの守銭奴だのさまよえる宗教難民だのと挑発してくるし僕もそれ相応の応酬はしているものの、どこに行くのも何をするのも誘い合うようなことはなくなってしまった。
ケニーは女の子のお尻を追っかけまわすようになったし、カートマンはバターズと一緒にいるのをよく見かける。

もちろんクレイグやトークンたちとつるむこともあったけれど、基本的にスタンと僕は二人で過ごすことが多くなった。
今日も今日とてこうして、カフェテリアで額を突き合わせて、ひそひそ声のスタンの愚痴に付き合っている。

スタンは僕に包み隠さず何でも話す。
だから僕はスタンがウェンディと初体験を済ますためにどれだけ貢いだか、そのあともセックスに持ち込もうとするたびにどれだけご機嫌を取らなきゃいけないか、事細かに知っている。
その割にマンネリでここまでしなきゃならないほどのことなのか疑問に思っていることも、試しに他の女の子と何回か寝たことも。
そんな話知りたくもない、って言ってるのに聞きやしない。

「全く女って勝手だよな。自分本位だって言われるから、前戯に時間かけたり、色々勉強してるのにさ。こないだ試そうとしたら蹴られたんだぜ。プッシーナメられるのは嫌なんだって。ポルノビデオみたいだから、って」
僕はいよいよ我慢ができなくて話を遮った。
「なあスタン」
「なんだよ」
「前から何度も言ってるけど、そういう、とってもプライベートな話、第三者に話すべきじゃないと思う。君だけの問題じゃなくて、彼女のプライベートでもあるんだよ」
「だから人を選んで話してるだろ。カイルにしか話さないよ、こんなこと」
だからよりによってなんで僕に話すのか。そりゃ僕は絶対他人に漏らしたりはしないけど、たとえばケニーだったら喜んで付き合ってくれるじゃないか。埒が明かなくて僕は唸った。
「スタンだってウェンディが、君のこと早漏だの包茎だの触れまわってたら厭だろ」
「俺はもう剥けてる!」
スタンの声は思ったより大きく響いて、暫しこちらのテーブルに集まってしまった衆目を、誤魔化すように咳払いをした。
潜めた声でスタンが続ける。
「触れまわってるわけじゃない。俺のはただの相談だろ」
「僕に聞かれたって女心なんてわかんないよ、」
どうせ彼女もいないしね、と口を尖らせるのも忘れない。
「別にそんなことお前に期待してるわけじゃないさ、ただ」
僕はそれ以上待たずに一気にまくし立てた。
「ただ何?彼女に不満を直接いえないから僕に言って発散するなんて男として情けないと思わない?って話なんだけど」
「おいカイル、何そんなイラついてるんだよ」
「僕をイラつかせてるのはスタンだろ」
思い切りにらみつけるけれど、スタンは怯んだ様子もない。ちょっとだけ眉を寄せるとこう放言した。
「生理中?」
「っざっけんな!」
僕は頭に血が上って、トレイをテーブルに叩きつけた。

追いかけてくるそぶりを見せたスタンを振り切って、食堂を飛び出す。かっかした頭は全く冷えてくれそうになくて、生徒の行きかう廊下を駆け抜けた。
スタンのことは好きだ。長い付き合いで、お互いの考えてることもしそうなことも、今いそうなところも、何だってだいたい見当がつく。
隣にいればこんなに居心地のいいところはなくて、無二の親友だと思ってる。でも。
スタンがウェンディや、他の女の子の話をすると、頭の中が鉛筆で塗りつぶしたみたいにぐしゃぐしゃになる。ほんとに、どうかしてると自分でも思うけど。


昼休みいっぱいをディベート部のクラブハウスで潰して、ぎりぎりで授業に戻った。
終業のチャイムが鳴るやいなや、遠慮がちに肩を叩かれる。振り向けばスタンが立っていて、深く頭を下げていた。
「悪い、ごめん。謝る」
「……」
僕は視線を前に戻して、黙々と机の中の教科書をかばんに移す。無視してやりたかったけれど、
「いくらなんでもさっきのはカートマンぽかったよな、」
スタンのぼやきに思わず噴出してしまった。
「全くだね、スタン」
かばんを肩にかけて立ち上がると、スタンはほっとした顔をした。
「なあ、愚痴ってごめんな」
そう言うと歩き出した僕のすぐ左に並んだ。とっくに僕の背を抜いたスタンを少し見上げる、いつものポジション。
「いいよ、もう」
ちっともよくはないんだけど、垂れた耳が見えそうなスタンの表情に、僕はそう言わずにはいられなかった。
「でも俺、カイルには一番傍に居て欲しいから、」
スタンは早口でそう言って、ええと、と困ったような表情を見せた。
「こう、気持ちの意味でも。わかるかな」
「ああ、」
スタンはこんなセリフを何気なく言う。ちくんと胸が痛む。半分は嬉しいのに、半分は苦しい。
わかるよ、と僕は返事をした。
「よかった」
スタンの曇りのない笑顔を、僕は長いこと見ていられない。


スタンの、
どんどん伸びる背や、大きな手、骨ばった腕やワックスの匂いなんかを近くで嗅ぐと、なんだかめまいに似たようなものに襲われることがあって、
そのたび僕はどうしようもない気持ちになる。


あれはまだ僕らが四年生ぐらいの頃。ケニーも一緒に、スタンの家の地下室でアダルトビデオを見たことがあった。ケニーだけはバストの大きな女優に夢中だったけれど僕らはぴんと来なくて、なんだかグロテスクでよくわからない、なんでこんなものを有難がるんだろうねと言い合ったのを覚えている。

それから何年も経って、いつしかマスターベーションを覚えて、僕が想像するのはあのときのビデオだった。
覆いかぶさってくるアングル、伸びてくる腕。男優の顔はいつの間にか、スタンに摩り替わっている。

別に女になりたいわけじゃない。僕は自分の身体に別に違和感なんてない。
伸びない背やうすっぺらい胸板にコンプレックスがありこそすれ、おっぱいやヴァギナが欲しいと思ったことなんか誓って一度もない。

でも、むずむずするお尻に指を入れてみて、それがスタンのだと空想してあっという間にイってしまったとき、もう自覚しないわけにはいかなかった。
僕は、どうやらスタンに、女の子みたいにされたがってる。
それを認めるのは僕にとって相当ハードなことだった。
こんなこと誰にも相談できやしない。ユダヤでだってカソリックでだって同性愛は禁止されてるし、パパもママも、スタンのパパとママをも悲しませるだろう。そんなのわかってる。でもわかったところで、理性とは逆の方向に感情は、まるでジェットエンジンでも付けたように高速で回り出すんだ。



翌日、バス停で会ったスタンの顔色は真っ青だった。ケニーとカートマンに脇を挟まれて、またウェンディと喧嘩したのだと白状した。一方的に別れを宣言されて、今度こそダメかもしれない、と死にそうな声を出していた。
いつものことだ。僕は傍で聞くのも面倒で離れた席に座った。スタンがウェンディで一喜一憂しているところなんか、見ていて楽しいわけがない。

バスの窓ガラスに反射するスタンを睨んで、僕ははたと気がついた。
付け込むなら今じゃないか?スタンは傷心だし、名目上フリーだ。
どくんと心臓が跳ねる。
スタンに想いを告げたい。腹の中に渦巻いているものを、もう吐き出してしまいたい。ただ僕を足踏みさせるのは、スタンとの今までの関係が変わってしまうかもしれないという怖れだった。それも今、恍惚が雪崩みたいに押し流そうとしている。

ああ畜生、と動くスタンの唇を盗み見ながら思う。あそこにキスしたらどれだけ気持ちいいだろう?