SOUTHPARK the FOREVER2


 夕食を終えるとリビングでアイクとニュースチャンネルを見た。ソファで刺繍をしているママは鼻歌を歌っている。機嫌はいいようだったので、僕はおもむろに切りだした。
「ねえ、このあとカウントダウンに行ってもいいかな」
「いいわよ、パパとママも十一時過ぎには出るわ。一緒に?」
 玄関のベルが鳴って、僕は椅子から勢いよく立ちあがった。スタンだ。
「スタンと約束してるんだ」
 そう言うと、ママは眉をちょっとだけ持ち上げて、それでもにこりと笑った。
「そう。わかったわ。気をつけて行くのよ」

 ドアを開けるとジャケットのポケットに手を突っ込んでいるスタンがいた。よう、と目を細めて笑うから、僕はDUDE、と応えた。
「カイル、忘れないでコートを着ていきなさい!」
 リビングから飛んできた声に、僕は早口で返事をする。
「わかってるよママ」
 コートかけにかけっぱなしになっていたグレーのやつをひっかけて、僕はもう歩き出しているスタンを追いかけて外に飛び出した。


 通りを一ブロックも歩かないうちに、僕の指先は凍えはじめてきた。
「スタン」
「ん」
「手袋忘れてきちゃった」
「またかよ」
 彼の声は呆れたようでもなかった。スタンは自分のミトンを取ると反対のポケットに仕舞い、左手を僕のほうに伸ばす。僕の右手を取ると、彼のポケットに一緒に入れてくれた。

 そのあとのスタンは口数少なだった。
 ニューイヤーイヴだから夜中の割に人通りは多い。僕らはメインの通りを避けて歩いた。市庁舎と逆方向に歩けば、スターク池までの距離はいくらもない。
 池のほとりまで来ると、僕らはゆっくり歩みを止めた。スタンは湖面を遠くに眺めて、ベンチに座る様子もない。
 風に乗って途切れ途切れに、音楽とざわめきが聞こえてくる。この町は忌々しくなるほどに狭い。

 そうして長いこと、僕らはそこで何をするでもなくたたずんでいた。沈黙は気まずいものじゃなかったけれど、僕はスタンの横顔をずっと伺っていた。ここに僕を誘ったということは、何か見せたいものでもあるんだろうか。それともただ僕に傍にいてほしいだけなんだろうか。
 ポケットの中で少し汗ばんだスタンの手が僕のそれを握り直す。僕は強く握り返した。
 スタンははっとしたように湖から顔を上げて、僕に向き直った。ほんの少しだけ高い位置にある、夜目にも奇麗なブルーの瞳が僕を見据えて揺れた。

 スタンは低い声で、息苦しそうに言った。
「カイル、俺、怖いんだ」

 スタンは僕の返事を待たず、くしゃりと顔を歪めた。抱き寄せられたかと思うと、スタンは僕の首と肩の間に突っ伏すように顔をうずめた。僕は俄かにどうしていいかわからずに訊いた。
「スタン?」
 荒い呼吸の下からくぐもった声が、つっかえつっかえ訴える。
「俺はお前のことが好きで、でもこの気持ちはたぶん子供の『好き』じゃない。子供の『好き』じゃなくなったとたん、もしかしたら俺の時間は突然動いてしまうのかもしれなくて、今と地続きじゃない明日が来たら、そうしたらお前の手を好きに握れなくなっているかもしれない。それだけならまだいい。お前が、俺の生活から消えて、しまっている、かも、」
 スタンの声はそこで潰えた。彼の嗚咽を聞きながら、僕はスタンのジャケットの背中を握った。
「うん、うん。同じ、僕も」
 僕はばかみたいに頷きながら、同じだよ、と繰り返した。
 スタンがこの魔法に気づいていたこと、そして僕と同じことを考えていたことに少し驚いて、それからじわりと胸に広がるのは心強さと嬉しさだった。それでも恐怖は変らず、今度は二人分になって僕らにのしかかってきた。

 だって何もかもが僕らの預かり知らないところで動いている。
 僕は歯車に巻き込まれているだけで、この装置がどういう構造なのかもわからないし、ましてや干渉することなんかできない。


 遠くからかすかに爆竹の音が聞こえてくる。張り上げる声。カウントダウンが始まったようだ。


 怖い。時間が動き出すことが、僕はほんとうに怖い。
 明日目が覚めたら、このカウントダウンが終わったら。僕らは四年生じゃないかもしれない。せき止められていた十数年が一瞬で流れて、僕らは急に大人になっていて、僕もスタンも全く別の人生を、当たり前のように歩んでいるかもしれない。
 見も知らない町で見も知らない家族がいて、子供をあやして仕事に行って、スタンはクリスマスカードを、僕はニューイヤーカードを送りあうだけの関係になっていて、スタンの顔も声も匂いも体温も思い出せなくなっているかもしれない。
 こんなにどうしようもなくスタンが好きな気持ちも、嘘みたいに色褪せてしまうかもしれない。
 想像するだけでぞっとする。僕は怖くて仕方がない。


 体を離したのはスタンからだった。スタンの手はいま僕の二の腕を掴んでいる。僕らは至近距離で見つめあった。お互い心細くて、言葉を探して唇を開いて、また噤む。スタンの目が、何かを決心したように眇められた。
 スタンの手が僕の顎にぎこちなく添えられ、彼の顔が近づいてくる。スタンはキスしようとしてる。ずいぶん遅れて理解して、僕の背はぎしりと伸びた。

 だって何がトリガーになるかわからないんだ。
 怖い。僕は固く目をつぶった。
 どれぐらいの時間が経っただろう。唇に、温かくやわらかな感触が訪れ、すぐに離れた。
 おそるおそる瞬いて、お互いにお互いを見渡し合う。僕もスタンも、キスの前と何も変わらない姿のままだった。

 破局が訪れなかった安堵に微笑み合い、僕らはもう一度唇を寄せ合った。
 体温を感じている間だけは、僕らは安らいでいられる。僕らはお互いの背中に手を回して抱き合った。離れ離れにならないように、強く、強く。

 カウントダウンがもうすぐ終わる。
 年が明けたら。僕らはそり遊びをして、雪が溶けて、短い夏にはプールに行って。十月にはきっと何度目かわからないスタンの十歳の誕生日を祝うことができる。



 ここはサウスパーク、いかれた人間ばかりが住む、ちっぽけで未開の糞みたいな田舎町。
 僕らの棲む檻。そしてその檻がいつまでも壊れませんようにと、僕らはただ祈っている。

end.
130521