SOUTHPARK the FOREVER1


 ポケットで震える端末を取り出して、僕は画面に目を走らせた。スタンの名前とポップアップが表示されている。
『今晩のカウントダウン、市庁舎には行かないでスターク池で過ごさないか?』
 僕は少し笑って、短いテキストを打った。
『いいよ。ケニーたちにも言った?』
 スタンからの返信はすぐに来た。
『言ってない。俺とカイルだけ。OK?』
 僕は、もちろん、と返す。スタンと僕だけ。口の中で呟けば、自分の頬が赤らむのを感じた。

「片付いたの、カイル」
 階下からママが呼んでいる。僕はポケットに端末を戻して声を張った。
「もうちょっと」
 クローゼットの中身をぶちまけて一時間。衣類の整理は一通り終わった。今度は玩具箱に向き直って僕は新しいゴミ袋を出した。こっちは手つかずだ。もうプレイしないだろうと思われるゲームや、こまごましたものを捨てていく。

 たとえば。こめかみのあたりが軋むのはこんなときだ。
 玩具箱を整理していたらハヌカに貰ったドレイデルがいくつもいくつも出てくるとき。誕生日プレゼントでもないと買ってもらえないようなゲームのハードが、何度数えても五つ以上あるとき。僕は九歳だ。少なくとも、四つの頃からビデオゲームをしていた計算になる。そんなことってあるだろうか?
 摩ったところで疼くような軋みはどこにもいってくれない。厭な感覚だった。


 最初に違和感を覚えたのは、テレビの中の育ち切った子役を見たときだった。変声を終え髭を伸ばし嘗ての面影のかけらもなかった。そして思い出したんだ。彼が僕と同い年だったことを。
 改めてよくよく観察すれば、奇妙なことばかりだった。
 だってグリーの一期が流行ったとき、クラスの女子はその話題でもちきりだった。今は四期が取りざたされていて、彼女たちは同じ教室でキャストの進退だのに文句を言っている。
 ハリーポッターだってロードオブザリングだって、コンテンツとして全て吸い尽くしてしまって今じゃDVDがワゴンセールで投げ売られているのを目にするけれど、ブランケットをマント代わりにごっこ遊びをしたときも今も、僕たちは変わらず四年生だ。
 三年生から四年生に上がったときのことなら鮮明に覚えている。
 担任がチョクソンディック先生になって、三年生に戻れたらいいのにって、タイムマシンを作ってもらおうとして。でもその後は?何度僕らはサンクスギビングの宿題を出されただろう?


 僕の惧れが確信に変わったのは、街中で観光客に出くわしたときだった。
 彼らはレンタカーに寄りかかりながら雑談している、いかにもバカンス然とした薄着のカップルで、僕はみんなの少し後ろを歩いていて、靴紐を結ぶためにたまたま彼らのすぐそばにしゃがみこんだ。
 コーヒーを一口すすって女が言った。
『この町は全然変わらないわね。のんびりしてる』
『ほんとだね、ほらあの帽子の子たち、見ろよ。前に来たときとまるでおんなじだ』
 男はみんなの後姿を指さして言う。女は、ばかね、と笑った。
『まさか。前に来たのは十年前じゃない』
 男はああ、と声を上げて、それでも首を傾げた。
『そうだよな。でも一人は確かに、あんなかんじのでぶっちょで、もう一人はオレンジのパーカーをかぶっていたよ。偶然写真に映りこんでいたからよく覚えている』
『よく似ている兄弟かもしれないわね』
『そうだな。成長してないわけがないものな』
 僕は彼らの会話を聞いて、全身が凍ったようになるのを感じた。
 幸い他のみんなには聞こえていなかったようで、僕は薄氷を踏むような気持ちでその場から遠ざかった。


 もう疑いようはなかった。
 ここサウスパークではなにがしかの魔法が働いていて、時間の流れが止まっている。
 仮説を色々立てたけれど、ニューイヤーか新学期か、どこかの時点で一年がリセットされているのだと考えられた。
 リセットといっても無生物は経年する。動物に関しては定かじゃないけれど、とにかく人間だけが一年前の状態に戻るようだ。でもシェフやチョクソンディック先生やクライドのママみたいに、あるとき死んでそのままいなくなってしまう人もいて、その不連続性と法則は定かじゃない。
 もしかすると彼らはこの世界のトリックに気づいたから消されてしまったのかもしれない。それ以前に、もはや僕の記憶の何が確かで何が確かじゃないのか、というところから疑ってかからないとならないのかも。
 パパやママや、町の人たちは気付いているんだろうか。気づいていてそのままにしているのかもしれないし、そもそも気づいていない可能性だってある。この町の大人の馬鹿さ加減はまちがいなく世界一なのだから。僕は大人たちに相談したり、問い詰めたりする気にはなれなかった。

 何度九歳を繰り返しても、年々育っていく思考や自我はだんだん身体にそぐわなくなっていく。僕の体感時間はもう二十歳をとうに過ぎているはずだ。
 親の庇護下は確かに気が楽だけれど、子供じみた悪巧みや悪ふざけをしていると、頭のどこかでもうひとりの自分の声が聞こえる。
 曰く、『いつまで九歳のままでいるつもり?』と。
 サウスパークの外に出れば僕の時間は動き出す。未来がある。宿題もなくなるし、夜更かししても怒られないし、車も運転できるし、お酒だって飲むことができる。
 でも僕はここから出ていこうとは思わない。

 だって大人になったら、スタンと一緒にいられなくなっちゃうかもしれない。
 進学して、就職して、結婚して。義務だの責任だのが足かせみたいにじゃらじゃら増えて。常識的に考えればきっと僕らは、どこかでお互いを傍に置くことを諦めなきゃならなくなる。
 こんなふうに、朝起きれば当たり前のようにママがいてパパがいて三歳のアイクがいて、バス停に行けば友達に会える。スタンと会える。スタンの隣にずっといられる。その当たり前が当たり前じゃなくなってしまう。それは僕の想像しうる限りで一番の悪夢だ。


 いつの間にか背中がじとりと汗ばんでいるのがわかった。僕は自分の考えをどこかへやりたくて頭を振った。最後のがらくたをゴミ袋に放り込む。
 だしぬけに、部屋のドアが大げさな音をたてて開いた。
「カイル! 掃除は終わったの?」
「うん!」
 僕はママにいっぱいになったみっつのゴミ袋を指さして、それから受け取った掃除機のコードを伸ばす。ゴミ袋とすっきりしたクローゼットを眺めて、ママは目を細めた。
「随分片付いたじゃない。いい子ね」