黒板の文字をぼんやり目で追う。 斜め前の席のスタンは、机にちょっと窮屈そうにかけている。六年生に進級して、身体測定で去年から七インチも伸びたのだと言っていた。急に伸びるから関節痛があるのだとも。僕の背をとっくに抜いて、肩幅も広くなった。くすんだブルーのスゥエット。あそこに顔を埋めたい。思い切りスタンの匂いを嗅ぎたい。 はっとして首を振る。いけない。見つめていたらトリップしてしまいそうで、僕はスタンから無理やり目をそらした。 事の成り行きは、僕の覚えている限りではこうだ。 十月の終わり、スタンはウェンディと派手な喧嘩をした。いつものことだと思っていたら、どうやら正式に振られたのだと言う。まもなくウェンディはミドルパークの子と付き合い始めて、これ見よがしに校門のところで待ち合わせするようになった。 スタンは自棄になったように眉間に皺が寄りっぱなしで、僕は付き合いきれないと思って特に慰めてもやらなかった。 そんなこんなで十一月。サンクスギビングのちょっと前だったように思う。 スタンの家の地下室で、二人でアダルトビデオを見ていて、いつもなら無理のあるシナリオやびっくり人間みたいな体位についてつっこみを入れながら鑑賞するところ、今回のやつは友達だと思っていたハイスクールの幼馴染同士が恋に目覚めるというちょっとハーレクインじみた筋書きで、そりゃあちゃちな脚本で、どうしたってティーンには見えないような男優と女優だったんだけど、男のほうがラグビー部のクォーターバック、女のほうが赤い巻き毛のチアリーダーという設定で、ちょっとだけ僕に面差しが似ていた。 濡れ場に入るに至って、なんだか妙な雰囲気になってきて、僕がPS3のリモコンに手を伸ばしたのと同じタイミングでスタンが言った。 『なあ、カイル』 『スタン、それ』 ジーンズの上からでもわかるぐらいになっているそこに、僕の目はくぎ付けになってしまった。 『キスしようぜ』 僕は言葉を失ってぱくぱくと口を開いて、それでも首を横に振った。 『ウェンディの代わりなんかやだよ』 『違うよ、』 違う、と言ったスタンの目は、今まで見たことがないぐらいに真剣なものだった。 だから、最初に誘ってきたのはスタンだ。でもそれに応じたのは僕で、僕はそのとき、スタンなら嫌じゃないと思ってしまったんだ。 それが興味本位の、終わったら気まずくなって次の日にはなかったことになるような、ただのセックスならよかった。けれど残念なことにそれはメイクラブだった。 スタンが僕の耳に、好きだ、と吹き込むたびに電流が走った。その電流が嬉しさだとわかったとたん、愛おしさと快楽がどっと押し寄せて、僕の身体からあふれ出した。スタンの首にかじりついて、僕も、僕もと言って、終わった後は繋がったまま二人で抱き合って、馬鹿みたいに泣いた。哀しいことなんかなにもないのに涙が止まらなかった。 一度肌を合わせて以来、辞書の卑猥な単語に線を引っ張るみたいに、黙々と僕らはお互いの身体を探り合った。 まだオナニーすらろくにしたことがなかった僕は、スタンの性欲に引きずられてひどいビッチになってしまった。一日中だってセックスしていたい。 スタンのことが好きで好きで、他のこともどうでもよくなるぐらい好きで、コントロールができない。自分が加速度的におかしくなっているのがわかる。それでも転がって行く石みたいに止めることができない。 僕だって、これが他人のことならば。 信仰との折り合いはついているのかとか、いつぞやのアイクの時みたいにまだ分別がつかない年齢なのだから一時の気の迷いで行動しちゃいけないとか、親の庇護下にある以上責任を持てないことはするべきじゃないとか、いくらでも尤もらしいことが言えただろう。 でもわが身に立ち返るとてんで駄目だ。スタンと僕だけは特別だと思う。 まるで僕たちが、結びつくために産まれてきたみたいな、代わりはどこにもいないような、そんな錯覚にとらわれてしまう。 胸元のあいた服を着た頭の悪そうなビッチが、ああこれはフォーエバーなラヴよ、私たち選ばれた二人なのなんて、そんなのいくらだってドラマで見てきて、そのたび、明日には別の男と寝てるだろ、アホじゃないかと笑い飛ばしていたのに。 スタンの発音する、ラヴ、は、僕の胸にナイフで刻まれたみたいに消えてくれない。 時計を見上げれば十分も経っていなかった。 放課後までが永遠に感じられる。早くキスしたい。せめて休み時間になれば、みんなの目を盗んでどこかでキスぐらいできるかも。スタンを盗み見ると、ちらりと視線が返ってきた。それだけで僕の腰はずしんと重くなる。僕は膝を擦り合わせて、必死で数式で思考を埋めようとする。 僕らは学校では今までと変わらず振舞った。実際上手くやれていたと思う。 放課後や休みの日、急に付き合いが悪くなった僕らをケニーやカートマンたちが訝しがりはしたけれど、僕らの関係までを怪しむやつなんかいなかった。大人びているとは言っても僕らはまだ母親から小遣いを貰うし、甘いものが好きで、ビデオゲームの点数で一喜一憂することができる年齢だ。細かな機微なんかわかりゃしない。 クラスの連中は、せいぜいウェンディに振られたスタンがゴスキッズにはならないまでも拗ねて、赤ちゃん返りを起こして僕にべったりなのだと、そんなような解釈を勝手にしてくれていた。 彼らは僕らが意味ありげに交わすアイコンタクトを見逃すぐらいには幼かった。 |