八八二三(壱)


記事の見出しだけ眺めて俺は舌をひとつ打った。ろくに畳みもしない新聞紙をダッシュボードに放る。
センセーショナルに書き立てる、どこも一面は連続通り魔の記事。犠牲者の数が二桁に達したのが昨日。発生から二週間、未だ解決の糸口は掴めていない。警察の威信は地を這うようだ。

犠牲者に共通点はない。屈強な男性から老人、若い女性まで、職業もバラバラだ。
いずれも鋭い、刀のような刃渡りの長いもので袈裟懸けにされている。一撃で絶命させているところを見るだに、手練れの者であることは間違いはない。
師範崩れの浪人など、剣術に長けているものを洗い出しては監視を付け、人員をずいぶん割いてはいるものの、全く成果は上がっていない。情報収集は平行して、聞き込み班、ネットを使った電脳班と部隊を組んで行っているがガセやクズネタばかりだ。

現場はどれも、土地に慣れた人間でなければ通らないような細い裏路地。それも規則性はなく、江戸中まんべんなく分布している。
人海戦術で張り込んではいるが、ごみごみしたこの江戸には該当箇所が何万とある。注意を促しているとはいえ、大江戸じゅうの住民を夜間家に押し込めて置くことなどムリな相談で、被害者数に歯止めはかかってくれない。

事件のある日は決まって二、三、八のどれかの付く日付だったこと、事件の重要指定番号と一部重なったことから、犯人はハヤブサというあだ名で報じられている。
八八二三だとよ。
「うまく云ったつもりかよ」
忌々しく舌を打つ。フロントガラスがこんこんと叩かれた。
一も二もなく運転席の窓ガラスを下げると、髭面がつっこんできた。
「トシ、本部からなんか情報来たか」
「さっぱりだ」
おれは首を振った。
捜査本部の置かれているのは本庁。所轄に置かれた対策部隊と比べておれたち真選組は自由に動けるものの、事件の規模が規模だけに大まかな方針や指導には従わなければならない。とはいえ上層部にもろくな切り札はないらしく、右往左往する報告といい、膠着状態であることが伺われた。

「普段は今頃お花見してる時期なのにな。これじゃ散っちまう」
見ろよ。促されて仰いだ空には夜桜が白く浮かんでいて、思わず目を眇める。せっかく和んだ気持ちになっていたのに、風呂敷包みを掲げた近藤さんのせりふでまた頭が凍ったようになる。
「そうだ、   が差し入れをもってきてくれたんだぜ」
「いらねぇ」
皆まで聞かずにおれは首を振った。
なんとかという、どこの馬の骨ともしれない女が近藤さんの周りをうろつきだしたのが半月ほど前。あれだけ女に邪険にされ、騙され搾取されてきた人生だっていうのに、毎回毎回よく食いついていくものだ。
ただ今度の女が違うところは、どうやら本気で近藤さんを落としにかかっているらしい、ということ。節操なくどこにでも姿を見せ、猫なで声を出し、近藤さんだけを覗き込んで媚びる。
ぶよぶよした白い肌の、キイキイと雑音を発する、おれはあの生き物を認知していない。脳がそれを拒否しているようで、おれは名前すら覚えていない。


そいつの名前が近藤さんの口から漏れるたび、どす黒い奔流に飲み込まれそうになる、おれはこの感情の呼び名を知っているけれど、あまりに陳腐で笑ってしまう。

早く事件が解決すればいいと思う、けれど同時に、今この忙しさがなくなってしまったらおれはどうなってしまうのだろう。想像もつかない。ろくに食事も睡眠も取らず、一日作戦のことを考えなければならないこの状況が、おれが決定的に壊れてしまうのを防ぐ防波堤になっている、そんな予感がちりちりと脳天を灼く。

「ああ、いい風だ」
近藤さんの横顔を睨むように眺める。おれは首をゆっくり締められていくような、奇妙な錯覚に囚われていた。



090506