ぐらぐらと乱暴に身体をゆすぶられて、無意識に身体の前で手を払う。まだ眠い。 「トシ、トシ」 知覚した声の主を無視できず、ぼそぼそ口を開いた。 「、んだよ、」 「見える」 なにが、と唸ろうとして頭の中でやっと意味が繋がった。 がばと跳ね起きる。 「ほんとか」 大きく頷く近藤さんは顔を高潮させている。 「布団だ、畳、天井、ああ、何日ぶりだろ」 嬉しくてたまらないといったように指をさしながら辺りを見回した後、すっくと立ち上がると弾んだ声を出した。 「俺、みんなに知らせてくる」 廊下に走り出していく彼を見送って、おれは安堵のため息をついた。 身を捩れば走る内股の痺れを、早くふりきってしまわないと。 身支度を整えて広間に向かえば、はしゃぎ声がずいぶん遠くから聞こえた。 半分開け放された襖から覗くと黒山の人だかり、入れ替わり立ち代り隊士たちにじゃれつかれている近藤さんの姿が見える。見ているこっちが辟易するくらいに ひとりひとりを撫でたりすかしたり。原田なんか涙ぐんじまってまあ。あいつ涙もろいからな。 特に総悟は子泣きじじいよろしく背中にべったりで、近藤さんもそれに応えて頭をぐりぐりしている。 普段なら体裁が悪いので嫌味の一言もいうけれど、今日ばかりは咎める気にもなれず、おれは部屋に立ち入らずにきびすを返した。 情報処理班の任を解く為に入った電算室はがらんとしていた。 すでに知らせを聞きつけてみんな飛び出していきました、ひとり残った山崎が律儀に報告をよこす。 山崎は紐でつづった書類をめくりながら、首をひねって云った。 「おかしいですね、あれから色々調べましたけど、自然に戻ったというケースはなかったんだけどなぁ」 「あのひとはアホみたいに強運だからな」 戻ったのに越したことはない。積み重なった書類の類をどかして作ったスペースに腰を預ける。ばさばさ机の反対側で音がしたがかまわない。 消すところがなくなった灰皿を引っ張ってきて、胸ポケットから煙草を取り出した。 山崎はまだぺらぺらやっている。 「男女の例で、性交したら元に戻ったという事例なら読んだんですけどね、他にもそういうことがあるのかな」 おれは思わず反応してしまいそうな口元を、とっさにライターをつけるふりで隠した。 これは近藤さんには言わないでおこう。 夕食の後、厠を出たところで肩を並べられた。 「あー、喋りすぎて喉痛い」 しわがれた声で襟元をさする、近藤さんは同じ速さで隣を歩く。 「よかったな、本当に」 心なしかまだ赤味の差す頬がほほえましい。 今日は一日仕事にならなかったようだけれど。 やはりこのひとは大勢に囲まれて輝く。 間違ってもおれひとりに縛り付けておけるようなひとじゃないのだ。 ちらと盗み見た横顔には屈託がない。 気まずくならなくてよかった、とにかくそれが有りがたい。 あんなことがあったからって変に気を遣われたり、距離を置かれたりしたらとてもじゃないがいたたまれない。なかったことにしてくれるのが一番だ。 昨日あんたが手を伸ばしたのは、心細かったからだ。藁をつかんだ、それだけ。 大丈夫、おれは勘違いしたりなんかしない。 おれの部屋の前まで来て、歩みを止めた近藤さんにつられて向き合う。 どこかばつがわるくてわずかに目を伏せていれば、近藤さんが顔の前でひらりと手を振った。 面を上げると、太い声を出す。 「いっこだけ、確認しとくぞ」 なにやらわからず、ああ、と相槌を打つ。 「成り行きはどうあれ」 短い息継ぎの後、はっきり云った。 「俺がお前を選んだんだからな」 それくらい信じろよ。 外耳で渦巻いた言葉が、鼻柱のてっぺんに響く。 瞼から潤んだものが降りてきそうになって、おれは必死で目を瞠った。 近藤さんはまっすぐにおれを見ている。 笑ったような語尾が憎らしくてしょうがなくて、それでも、 おれがこの瞬間宇宙で一番幸福なのは間違いないから、 糠喜びをしないではいられないんだ。 090213 |