デュアルハニーズ・1


延々と続くガラス張りの廊下。ところどころ露出したパネルの中からは複雑そうな配線が覗いている。
「どうだ、スゲー施設だろォ」
サングラス越しに不敵な笑みを向けられ、土方は気のない返事をした。
「興味ねェ」

こんなところに来る予定なんかなかった。スケジュールが狂ったとかで、松平の視察先に無理やり付き合わされて来た。
なんでも天人の技術を研究し地球人向けに適用、応用させるための研究所だそうで。

土方は元来、化学や物理といったような科学には興味がなければ知識もない。寺子屋で習うようなさわりすらちんぷんかんぷんだった。
だから複雑なコンピュータや大掛かりな実験装置などを視察させられたところであくびしか出てこない。

それぞれの実験室に案内され、職員から概要を説明される。
「こんなとこに金かけんならもっとうちに予算をだな」
ぶつくさと呟く土方に対し、近藤はわからないながらもいちいち質問をし、職員に食いついていっている。
「これは?なにをしてんの」
この子供のような好奇心が、土方には好ましく映るのだ。

「披検体をですね、この装置に入れて、こちらを操作すると」
「へー一匹が二匹になるの!スゲー」


ドドドドド、と地鳴りが床下から響いてきた。
一同が顔を見合すと、入り口のほうで爆発音のようなものが耳を劈く。
ドアを蹴破って入ってきた黒い塊がフロアを弾丸のように駆け抜け、近藤をすさまじい勢いで突き飛ばした。
装置とコントロールルームを仕切るガラスが割れ、向こう側に近藤の身体が落ち込む。べしゃ、と鈍い音がした。

「こっ、近藤さんっ」
土方が破れたガラスのあたりまで駆け寄ると、おかしな体勢で潰れた近藤が唸りながら身を起こす。その後ろでは鼻息の荒い猪が蹄を蹴っていた。どうやらつっ こんできたのはこれらしい。

「す、すみませんうちの花子はこちらですかっ」
蝶番の取れかかったドアを押して、太めの研究員が入ってくる。
「いかん、装置の電源がっ」
コントロールパネルをいじっていた職員があわてふためいて叫んだ。
「え」
サイレンのような警告音が鳴り響く。赤く点滅するモニタに気をとられた瞬間、ぱん、雷のような青白い光が閃いた。

「え…」
一瞬近藤がぶれて二人に見え、土方はわが目を疑った。目を擦ったけれど、視界に変化はない。

土方の隣に走って並んだ研究員が、眼鏡のブリッジを上げた。
「はっ、花子が二頭に!!」
甲高い叫びに、ようやく松平も言葉を取り戻した。
「ゴ、ゴリラも2体にィィ」

「こ、近藤さん…?」
呆然として呟いた土方に、ふたりの近藤がすがるような視線を集める。
『ト、トシィ、どうしよう…』

左右からステレオで聞こえる近藤の声。
鼻血で綺麗に放物線を描きながら、土方は後ろに卒倒した。




靴の踵を踏み潰すように脱ぐ。沖田は大またで廊下を渡った。
「沖田隊長っ」
驚いたような山崎の声に迎えられ、後ろを親指でさす。
「つれて来たぜィ」
おつかれさまです、反射的に応え、山崎は早足で沖田に並んだ。
「無線がいきなり通じなくなったからどこかでフケてるのかと、あたっ」
無表情のまま山崎の後頭部にげんこを入れる。
「あの車両無線がバカになってんだ」
他のことはどうあれ近藤の身になにかあったのにそんなことをするはずもない。沖田はふんと鼻を鳴 らした。


外からもひゃーとかへーとかいう声が聞こえる。会議室のふすまを引くと場は静まり、だんごのようになっていた人だかりがそろそろと引いた。
中心から姿を現したのは不安そうな顔をした、二人の近藤。
話には聞いたけれど、本当に二人になっていやがる。沖田はひゅうと口笛を吹いた。

「こいつが責任開発者だそーだ」
無精ひげにビン底眼鏡。ひょろ長い白衣の男が、沖田に促されうしろから姿を現す。
「ども。真土です」
空気も読まずにへらっと笑いぺこりと一礼すると、近藤のほうへとうきうきした足取りで近づいた。
ぺたん、と近藤の正面に座り、顔をそれぞれ撫で回す。
「わぁ、大成功ですねェ」
頬を高潮させて弾んだ声を出す。
つっこんでどうにかなる人種じゃないのも承知の上、大成功じゃねーよ、一同は心の中で呟いた。

大きくため息をついた原田が腕を組む。
「で、どーすれば戻るんですか」
「えー、戻しちゃうんですかぁ」
ビン底眼鏡は口を尖らせる。さすがにふたりの近藤もこぶしを握った。
『殴っていい?』
「頭ぶつけると戻ります」
即答されてぱちりと瞬く。どうやら嘘は云っていないらしい。
顔を見合わせた近藤らが、おでこをこつと合わせた。
「…こう?」
「コツンじゃダメです」
目配せをして肩を持ち合うが、コツンがゴン、ゴンがガンになっても戻る気配はない。
そろそろ真っ赤に腫れてきた額を押さえながら、近藤らが涙声で聞く。
『ちょ、戻らないんだけどォ』
「もっとこう…防弾ガラスも割ってやるくらいのイキオイで」
「せーの」
真後ろから聞こえた沖田ののんきな掛け声に振り向く間もなく、ふたりの近藤の後頭部に手が添えられた。
『ギャー』
星が出るほどの衝撃を額に食らい、断末魔のような悲鳴が上がる。
「あ、惜しいですね掴みは今のかんじで」
「よーし」
腕まくりをする沖田に、近藤らの腰は逃げを打った。
『タンマタンマ!』
涙目の近藤らに、じりじりと距離を詰める沖田。固唾を呑む一同。

上擦った声がその場を裂いた。
「やめろよ!いやがってるだろ!」
闖入してきたのは血染めのティッシュを鼻に詰めた土方。かれは研究所で気絶して以来奥の間に寝かされていた。沖田は聞こえるように舌を打つ。
「近藤さんが二人いて何が悪いんだよ!むしろ素晴らしいじゃねぇか!」
「副長、ヨダレ…」
山崎のつっこみすら寒々しくなるほど、土方の目は血走っている。耳朶も真っ赤だ。

「トシィ」
「見てこのタンコブ」
左右からシャツの裾を掴まれ、土方は興奮のあまり咽て腹を捩った。
「わっ」
「トシ、大丈夫?!」

ふたりの近藤に介抱され(鼻からの)出血が止まらない土方を尻目に、山崎が拳を鳴らしている沖田を宥めた。
「…まあ、とりあえずコブが治ってからでいいじゃないですか」




080819