おれもあいつであいつもおれで・1


「もうあいつと喋るな」

仁王立ちで腕を組むトシに、俺はやっとのことで瞬きだけ返した。
喋るな、って云われても。とっさに言葉が見つからず、あーとかうーとか漏らしていると、是と受け取ったのか、ふんと鼻を鳴らす。
「いいな、わかったか」
念を押すと、背中を見せて悠々と立ち去っていった。



しかし喋るなと来たか。小学生じゃあるまいし。

斜め後ろのふすまがおそるおそる開いて山崎が半分だけ顔を出す。
廊下に一人残された俺に、力なく笑いかけると、頭の横で掌を開いて見せた。
「あほですかあのひと」
「……俺もそう思う」
問題はこの場合の「あいつ」というのが、発言者本人と事実上同一人物なことにある。




「近藤氏、近藤氏っ」
「んー、なんだ?」
駆け寄ってきたかと思えば回り込んでじゃれつく。なんだか犬にでもなつかれているみたいで無碍にもできない。
「これこれ!見てくだされ」
手に握り締めているのは某とラぶるのフィギュア。ああ、やっぱりそれ買ったんだ……
「何度頼んでも手違いで届かなくて、今日やっと受け取れたんでござる〜」
俺は知ってる。届いたダンボールを何度もトシが完膚なきまでに破壊していたことを。
複雑な表情の俺に構わず、トッシーはフィギュアをローアングルで眺め回している。
「このパンティの皺まで作りこまれた造形、見るでござる、ここんとこなんか…」
「ちょ、トシ、あの、そういうこと表では」
こちらに刺さる隊士たちのこわばった視線が痛い。両手を張って目に付かないようにかばうけれど、俺の咎める声は一向にトッシーの耳には届く様子がない。


殆どの人間はトッシーを遠巻きに見ている。山崎なんかあからさまに汚物を見るようなひどい顔をする。総悟だけはあまり普段と変わらない対応をするけれど、俺が牽制している。だっていつものじゃれあい方を運動神経ゼロのトッシーにしたら命が危ない。

そう、こんなふうにおれだけがお守りをしているような状態だと他の隊士に伝え聞いたようで、要するに、本体のトシは、それが気に食わなかったらしい。
それで冒頭のせりふに繋がるわけだ。
やきもちにしたって間が抜けすぎている。




貰いもののお菓子があると聞いて、俺はさっきまでトッシーのいた部屋にやってきた。トッシーのほうは甘いものが好きなんだ。
「トシー、水羊羹あるぞー」
開きっぱなしの襖に手をかけると、部屋には煙が充満していて、俺の足はぎしりと止まる。
「喋るなって云っただろ」
振り向いたトシは苦虫を噛み潰したみたいな顔をしていた。まずった。でもいつの間に戻ったんだろ。
横目でちらと見やれば、ゴミ箱には粉砕されたフィギュアが押し込まれている。俺は口の先を尖らせて、もごもご言い訳をした。
「だって、仕方ねーだろ。無視するわけにもいかねーし」
「あンたが甘やかすから、あいつが付け上がるんだろ」
お前がそれ言うか、というせりふは喉元でせき止めた。
確かにトッシーは度し難いオタクだが、トシみたいに態度はでかくないし、無茶振りもしてこないし、大きな子供だと思えばほほえましいことも多い。

俺はおもむろにトシの頭に手をおいて、ぽんぽんと叩いた。かわいげのない薮睨みで見上げてくる。
「なんだよ」

俺としてはどっちも、おんなじトシだと思ってるんだけど。

「お前ら、意思疎通できんの」
「んなもんできるわけねーだろ」
なんとなく、何考えてるかくらいは察しがつくけど。そう言い添えて、肩を竦める。
「会話なんかできねーかんな」
「そっか」
うーん、と顎にこぶしを当て、しばし頭を捻る。
手紙、はあんまり柄じゃなさそうだしな。そうだ、閃いた。
「ビデオレターってのはどうだ」
「は?」


訝しげに眉をひそめるトシを尻目に、小走りで押入れに駆け寄る。
俺は自分のアイデアにうきうきしながら、上段奥を探った。
「こないだ福引で当たったハンディカムがやっと活躍すんぞ」
「ちょ、ちょっと、近藤さん」





080629