にっちもさっちも・1


ビー、ビー、というけたたましい音で、浅い眠りから引き戻される。
蛍光緑のタイマー表示を眺め、瞼を擦る。無線機を取って低く唸った。
「こちら土方」
回線の向こうからは、耳慣れた抑揚のない声が届く。
『どこで道草食ってやがりますかコノヤロー』
おれはため息を吐いた。
張り込みを交代してパトカーに戻ったのが数十分前。疲れ切った視界で運転するのも危ないので、少しだけ仮眠を取ってから移動しようと思っていたところだった。
説明するのも面倒くさくて、道草じゃねェ、とだけつぶやく。
『一丁目でゴリラが一体潰れてるらしいぞコノヤロー』
「……チッ」
またか。舌打ちを待たずに声は続く。
『回収してくだせェコノヤロー』
「…わかった」
『イヤだってんならオレが行きますけどねィコノヤロー』
「イヤだなんて云ってねェ、てゆうかその語尾やめろ」



あまり流行っていそうにない店だった。
のれんをくぐるとカウンターの中、四十がらみの女将が声を上げた。
「あらま、ほんとに局長さんだったの」
おれの隊服をしげしげと眺める視線が痛い。
店内はがらんとしていた。照明も半分落ちている。
「迷惑かけたな」
「ほんとだよ、ちゃんと取り締まってくんな」
髷を直しながらはすっぱに女将が言う。
乱雑に並ぶ椅子をよけながら、狭い通路を指差された方へ入っていく。
どん詰まりの辺りで、巨体がだらしなく、カウンターにつっぷしていた。
「カンバンだよ、って云ってるのに聞きやしない」
気持ちよさそうな寝息を立ててよだれをたらす。全く、威厳もくそもありゃしねぇ。

「あ、そうだ」
近藤さんの身体の向こうに、ちらりとのぞく白いふわふわ。
気づいておれは思い切り顔をしかめた。
「ついでにこっちも持ってってくんないかねェ」
同じようにだらしない顔で寝転る万事屋。なんでよりによってこいつと並んで飲んでるんだよ。おれははぁ、と肩を落とす。
「こっちは管轄外だ」
びしりとはねつけるせりふにかぶせるように、少年の声が飛び込んできた。
「すみません、電話貰った万事屋です」
のれんのところで息を切らしたメガネが、おれを認めてフレームを上げた。


すんませんツケで、と女将にぺこぺこした挙句、
(子供にこんなことやらすとかサイテーだなコイツ)
「オラ、起きろテンパ!」
と吼える。


怒鳴っている横顔など、なるほどあの女によく似ていた。
ごわごわした黒いものが、腹の中で頭を擡げる。おれは口の中だけで、ついてねェ、とひとりごちた。
盗み見ているのに気づいたのかこちらに笑いかけ、
「お互い上司のケツまくるのに苦労しますね」
などと云う。
お前んとこには負けるよ、口には出さずに眉だけ寄せた。


気を取り直して、おれも近藤さんに向き直る。
べちべちと頬を叩けば、重たい瞼がようやく持ち上がった。
「んぐぐ」
「帰るぞ、近藤さん」
トシィー、とふわふわしながらおれの肩口に顔を摺り寄せる。
「んだよ」
うふうふ、とかわいくない声で笑うと、ちょっと正気に返ったように背筋を伸ばした。しょぼしょぼした目で瞬く。
「あー」
「会計なら済ましたぜ」
「うー」
「風呂は屯所帰ってからな」


外に連れ出そうと身体の向きを変える。ちらと視線を上げれば、同じように力の抜けた万事屋の肩を支えているメガネが、ぼけっと間抜け面をこっちに向けていた。云いたいことでも、視線で促せば、興奮気味に口を開いた。
「なんかアレですね」
「アレってなんだよ」
「ツーカー、っていうかんじ」
「ふ、」
おれは思わず笑ってしまった。
そんなふうに見えるか、と訊くと、メガネは大きくうなずく。
「なんか、羨ましいです」
目元を赤くするメガネと、項垂れたままの万事屋を見比べて、おれは苦笑する。

そう、なんだってわかっちまうもんだから、
みんな予定調和なもんだから。


「じゃあな」
それだけ云うとおれはきびすを返した。
足元に蟠る椅子をカウンターの中にごつごつと突っ込む。近藤さんを支えながら出口に導いていく。
羨ましい、と云った、メガネの言葉を奥歯で噛む。



おれたちみたいにずっと一緒にいると、
云いたいことだって云えなくなっちまうんだぜ。





080327