ぱっつん☆ぱんつ(後)



「どうしたんだ、トシ」
どすどすとすぐ後ろを足音がつけてくる。肩胛骨に肩がぶつかりそうな勢いだ。
「なんでもない」
「なんでもないじゃないだろ」
近藤さんが心配そうに身を乗り出してくるのに、俺は半分泣きたいような気持ちになった。


素肌にズボンを履くのはあまりに忍びなかったので、散々悩んだあげくに着流しで朝礼に出た。
俺は服装とかけじめとかにはうるさい方だ。
普段寝間着で出てきた隊士をぶんなぐっている俺のそんな姿に隊士たちはもちろん訝しげで、俺はそんな視線にヒヤヒヤして、膝が笑うのをこらえるのに必死だった。
一日の報告や、諸注意なんかも書類を読み上げるのが精一杯で、いつものように怒鳴ったりなんかできたもんじゃなかった。
朝礼は何とかやり過ごしたが、こんな状態で通常勤務なんかできるわけない。
隊士がぞろぞろ食堂に向かうのに、山崎を捕まえて、自室に戻るとだけ云って抜けてきた。
このまま部屋に籠もるつもりだった。
近藤さんに見とがめられたのが唯一の誤算だった。

「今日ヘンだぞ。隊服着ないで朝礼出てくるし、下ばっか向いてるし」
ヘンだ。うん絶対ヘンだ。口に出して再度納得したのか近藤さんはひとりごちる。
ただ単にぱんつ履いてないからだなんて、そんなマヌケなことになってるなんて知られたくない。
特に近藤さんには知られたくない。
「いいからほっといてくれ」
情けない声を出すまいと思ったら苛ついたようになった。
云った後でマズイと思った。
棘のあるような云い方だったから、不愉快に思ったかもしれない。
近藤さんの足がはたと止まったので、俺はどきりとして振り返った。

振り返ったら近藤さんと真正面から向き合う形になった。怒っているようではなかった。
「なんかあるなら俺に相談しろよ」
真剣な表情だった。良心がちくりと痛む。

「…今日は具合が悪いんだ、」
溜息を吐くように云う。そういうことにしておいて欲しい。
「具合?何だ、風邪か?」
近藤さんの、男臭い匂い。至近距離で目があって、俺は眉をひそめた。
ヤバイ、間近で、嗅ぐと。

腰を引こうとしたら二の腕が骨張った指に捕まった。体温にぞくぞくする。
「触るな、よ」
冷静を装って云う。言葉は掠れてしまっていた。
「なんだ、腹が痛いのか?」
とっさに下腹を押さえた手を、近藤さんの視線が追いかけた。
「腹が痛いなら手ェ当ててやるよ」
トシがちっちゃいころよくやっただろ、と笑う。
手が重なるように右手の下に滑り込んできて、俺は顔から血の気が引いた。
「やめろっ、近藤さん、あ、」

「…トシ?」
不思議そうに首を捻って、近藤さんは豆鉄砲をくらったハトのような顔をした。
「下着、履いてないのか?」
ばれた。あともっとどうしようもないこともばれた。
「…勃ってる」
俺は顔から火が出そうだった。いっそ死にたい。

真っ赤になって押し黙る俺に、
「最近えっちしてなかったもんな。ごめんな」
近藤さんは訳の分らないことを言い始めた。
「トシから誘わせて悪かったな」
バツが悪そうに笑う。
「な、」
そうじゃない。そんなクソ恥ずかしい理由じゃない。第一朝からそんなことするか!
「ち、違、」
「トシもカワイイとこあるなぁ」

俺をひょいと持ち上げると、姫抱きのままだすだすと歩き出した。
「やめろ、おろせよ、近藤さんッ」
「大丈夫大丈夫。誰も見てないって」
「そうじゃな、俺、重、イヤそういう問題でもなくって」

近藤さんは身を捩る俺に構わず俺の部屋まで来ると、足でがらりと障子を開けた。
敷きっぱなしだった布団にどさりと下ろされて、のし、と上体が腰に乗り上げる。
言い訳をしようと開いた口は、そのままふさがれてしまった。
厚い舌で腔中をぐるりと探られて、そこから来る痺れが体中に飛び火していく。

唇が離れた頃には、もうどこもかしこも熱くなってしまっていた。自分の身体が恨めしい。
「まだ、朝、っぱら…」
「照れるなよ、トシ」
俺は形ばかりの抵抗を試みたけれど、もう舌はうまく回ってくれなかった。
帯を解かれたらもう着物はただの布になって、背中でどんどん蟠っていく。
骨張った骨格、重い胸板。久しぶりに味わう近藤さんの身体に、肺まで溺れそうになる。
無意識に手が腰の辺りを掴んでいた。

「ん、ん」
身体のあちこちに降ってくるキス。惜しみなく与えられるそれ。
このひとのもたらすものは全て俺を突き落としてしまう。
ずるい。何がずるいのかもうわからないけれどもやもやした頭でそれでもずるいと思った。



後腔を探っていた太い指が、ぬぐりと廻るように抜かれた。小さく声が漏れる。
「トシ、いっか?」
訊かなくったってそのまま来てくれればいいのに、近藤さんはいつでもわざわざ了解を取る。
眉根を寄せて小さく頷く。じらされる方が辛いのに。
「ひ」
粘膜に堅い熱が添えられて、それだけで期待に腰が浮く。
入り口を捉えたそれはびちり、と侵入を始めた。
「う…、く、…」
慣れたとは云え、身体のサイズが一ランク違う。
チリチリした痛み。下腹が潰されるような圧迫感。
でもそれも宥めるように背中を撫でる手に、カードがひっくり返されるみたいに快楽に変わっていく。

ゆっくり奥まで収まって、痼りを小刻みに掠られるようになると
「あー、あ、っ、」
自分の声じゃないみたいな甘ったるい声がひっきりなしに漏れる。
厭らしい。女を装ってるみたいで厭だ。
それでも自分の上げる声に煽られて、頭はどんどん真っ白になっていく。
「トシ、トシ」
近藤さんが俺を呼ぶ声もやっぱり切羽詰まっていて、その声がもっと聞きたくてたまらない。
俺でいとしいひとが気持ちよくなっていると思うとたまらない。
そう思うとそれだけでいってしまいそうになる。

俺の中に入り込んだそれで脳味噌が引っかき回されてるみたいな錯覚に見舞われる。
わざとらしい水音と、こんなときだけ乱暴な動きと、細まった目元に、
思う様追い上げられる。

「中、出す、ぞ」
「ん、…ッ」
出して、と云いたいのだけれど云えた試しがない。すぐに下腹で熱が吹き出す。
頭まで浸食されていくような衝撃にとろける。熔けてしまうと思う。

腹で自分のものが弾けたのが判った。肩が電流を流されたみたいに、思い切り撓った。






近藤さんは意識のもうろうとした俺に、子供にするみたいに沢山キスをくれて、
それからのことはよく憶えていない。気持ちがよくて幸せで、うつらうつらしてしまった。
気が付いたらもう午後もいいところだった。


随分寝てしまった。俺は時計をみてむっくり起きあがった。
「てて」
腰が奥からじんじん痛む。もう今日はこのままフケよう。
障子だけ開けて庭に面した廊下に足を投げて、タバコに火を付ける。
俺の部屋は近藤さんの部屋と並んで奥まっているので、こんなところまでわざわざ踏み込んでくる隊士もいまい。

気配を感じて廊下の端を睨む。
「こんなところまでわざわざ踏み込んでくる」唯一の隊士であるところのヤツがひょいと顔を出した。

ふーと煙を吐いて睨め付ける。
「ノーパンくらいでサボりですかい、いいご身分だ」
「うっせぇ、殺すぞ」
顔を見たらまたムカムカが戻ってきたが、如何せん腰から下がだるい。
「ていうかパンツ乾いたら持ってこいよ、クソ」
ハイハイ、とだけ云って総悟は肩を竦めた。

「ねえ土方さん、猫の発情期っていつでしたっけ?」
「はぁ?」
何だ藪から棒に。オレは理科とかニガテだったんだよ。
「さあ…春とかじゃねぇの」
「そっか…今は十一月だから違いまさぁね」
なるほどなるほど、とバカにしたみたいに頷いて、やっぱりバカにしたみたいに首を傾げた。
「それじゃ昼間ニャーニャーゆってたのは何なんでしょ?」
ぶ、とタバコが庭に飛んでいった。煙が鼻から抜ける。痛い。
げほげほと思い切り噎せて涙目で見上げたら総悟はさも面白くなさそうに云った。
「お礼をいわれこそすれ、恨まれる筋合いなんてこれっぽっちもないと思いますがねィ」
「おま、」
腰に持っていった手はまた柄を捉えられなかった。そこには寝間着の帯が哀しく丸まっている。

ほんと素直じゃないんだから、と更に失礼なことを呟く背中は怒号をかわしてさっと消えた。



なんなんだもう、ふざけんな。塀でにゃあと猫が鳴いて、俺は人知れず少し泣いた。