ぱっつん☆ぱんつ(前)



ぺたぺたと間抜けな音が足下でする。もう裸足が冷たい季節になった。
はっきりしない頭を引きずって廊下を歩く。首を鳴らす。朝は苦手だ。
洗面所までの道のりは近いようでこんなとき長い。


洗面所には先客が居た。
「おはようごぜぇます」
只でさえ朝は機嫌が悪いっていうのに、一番最初に見た顔がコレか。
低血圧の俺と違い朝に強い総悟は、もうきっちり隊服を着込んでいた。
俺は思い切り顔をしかめて、返事もおざなりに思い切り蛇口をひねった。

冷たい水で顔を洗ったがいまいちすっきりしない。がしがしとタオルで水気を拭いて、
顔を上げたら鏡越しに総悟と目があった。
「いまいち寝覚めが悪いんでしょ」
こいつがニヤけてるときはろくな事がない。長年の経験から断言できる。
「土方さん、朝風呂どうですか、朝風呂」
「風呂?沸いてんのか」
屯所の風呂は決まった時間に2回焚かれる。誰かが故意に沸かしでもしない限りこの時間帯に沸いてるなんてありえない。
「土方さんのためにわざわざ沸かしたんですよ」
「俺のためにィ?」
総悟に限ってそんなことをする訳がない。

俺はサッシの戸を開けて浴室の方を見た。檜の湯船からは確かに湯気が立っている。
「電流流してあるとか」
「まさかぁ」
「じゃなきゃドライアイスだ」
「そんなに疑い深いと長生き出来ませんぜ」

俺のためにというのはウソでも、何かの間違いで沸かしてしまったので誰かに入らせて体裁を取り繕おうとしてるのかもしれない。
「土方さんのための親切でさぁ、親切」
「…そういうことにしといてやるか」



普段はむさい男達とぞろぞろ入らなければならない風呂を独り占めというのは存外気分が良かった。
16畳ほどの浴室は朝の光が差し込んで、さわやかなことこの上ない。
思わず鼻歌まで飛び出そうになる。


体もすっかりあったまったし、考えてみたら朝礼までそんなに余裕がある訳じゃない。
俺は至極上機嫌で浴槽から上がった。


脱衣所で俺は固まった。
羽織の上に重ねておいたはずの下着がない。
「オイ、総悟、俺の下着どこにやった」
脱衣所の外にいるはずの総悟に怒鳴る。
「あー、洗濯しちまいやしたよ」
声は反対隣の、洗濯場の方から聞こえた。
「洗濯ゥ?」
また余計な事を。

舌打ちを一つして腰にタオルだけ巻いてドアを引いて、
俺は顎が外れるかと思った。
パンツが10枚ばかり、ずらっと並んで干されている。
タグに書いてある名前を確かめるまでもない。全部俺のだ。


「そ、総悟ォォォ!!」


「あれ、土方さんのパンツってもしかしてこれで全部でした?」
百も承知だろうに、っていうかてめぇの仕組んだ事だろうに、とぼけた口調で総悟が云う。
後ろでは総悟に言いつけられて洗濯しただけらしい、新米の隊士がおろおろした表情でこちらを見ている。
「まとめてたたっ斬る!!」
腰に手をやったが手ぬぐいの結び目しかない。ええい、どうしてくれよう。
「まあまあ」
総悟は白々しく宥めるポーズをして、ヤツも悪気があったわけじゃないだろうし、と云った。後ろの隊士は涙目になっている。
悪気があるのはオマエだオマエ。どこまで図々しいんだこの阿呆は。
あまりの怒りに口をぱくぱくさせていると総悟が畳んだ白い布きれを突きだした。
「これ貸してあげますぜィ」
「何だコレ」
「俺のパンツでさぁ」
ニヤリと笑う総悟に背筋から鳥肌が立った。罠だ。絶対に罠だ。
履いているうちにあぶり出しでイチゴ柄が出てくるとか むしろ体温で蒸発するとか
絶対に何かある。
「だ、誰が履くかそんなもん!」
「それじゃあ一日ノーパンで過ごすしかありやせんね」
のーぱんで、とわざわざ繰り返して総悟は愉しそうにけたけたと声を立てた。
「…テメェ…」
この男、いつか絶対殺す。

8時の刻を告げる銅鑼が鳴った。
「ほら、早く隊服に着替えないと朝礼に間に合わないですぜ」
俺の部屋からわざわざ持ってきたのか、隊服をばさりと投げて寄越して総悟はさっときびすを返した。
怒鳴りながら追いかけそうになって我に返った。マッパだ。
軽い足取りが遠ざかっていく。

俺はギリリと奥歯を噛み締めた。