キャンディシュガー・1



「近藤氏!近藤氏!起きるナリよ」
聞きなれた声音が何やら奇矯なせりふを紡ぐ。
俺はおぼつかない意識で顔を背けた。まだ眠い。
寝かせてくれ、蛙の潰れたみたいなせりふが、べちべちと頬を無遠慮に叩かれて途切れた。

「あーもう」
勢いを付けて体を起こし、目をしぱしぱさせる。
覚醒すると頭をズキズキとした痛みが覆っていた。これはアレだ、宿酔いのやつだ。
ええと、それで、この状況、何だ。

布団の横に座り込んでいるのはトシだった。
俺も裸、こいつも裸。
陽光が障子ごしにきらきらと差し込んで、庭では雀なんかが鳴いちゃっている。


トシの姿をしたその人物は眉の形を八の字にして、こう放言した。
「責任とって欲しいでござる!」

俺は軽い目眩を覚えて顎を浮かした。



あのおかしな刀を差してから、トシに奇行がやたらと目立つようになった。紆余曲折を経て判ったことは、どうやらこのアホでオタクなトシは別人格らしいということだった。つまりトシの中に二人の人間がいるわけだ。ベタな言い方をすれば二重人格みたいなもんだ。この別人の方を便宜上チャイナさんに習ってトッシーと呼ぶことにする。
とにかくこいつがもう、痛々しいオタクの見本市みたいな電波っぷりで、普段のトシを知っている人間ならみな目を覆いたくなるようなことを平気でやってのける。

俺たちはたまにかきっことか、まあその延長線でえっちとかをすることもあったのだけれど、いかんせんこの妙な病気が出てからはそんな気になれず。
こんな、見ているだけでうんざりするような奴に興奮なんかする訳がない、と思っていた、のに。
どうやら酔っ払った俺は普段のトシと混同して挑みかかってしまったらしい。
蓋し魔法の水は恐ろしい。
「女子の人も知らなかった僕を近藤氏は乱暴に…!」
涙目で訴えるトッシーはそれはもう正視に耐えず、俺はあさっての方向に細めた目を逸らした。

とはいえ、しかし、だ。
目を合わせないようにしたまま、咳払いをする。
こいつがどんなにアホだろうがオタクだろうが、合意もなしに致してしまったのは100パーセント俺が悪い。頭をがくりと下げた。
「悪かった。間違えちまったんだ」
「誰と?」
以前の記憶を共有していないらしいこいつに、トシとの関係をぶちまけていいものか。もっとめんどくさいことになりはしないか。咄嗟に考えてまだ無難と思われる方に名前を差し替えた。
「その…お妙さんと」
「あんなゴリラ女と間違えたナリか!」
各方面に失礼だと思ったけれどいきなり畳に伏せるものだからびっくりした。
そういえば先日トッシーはお妙さんに某コスプレを迫ったかなにかでボコにされていたのだっけ。
「あんまりナリよ!!」
「あわわ」
子供みたいに泣きじゃくるトッシーに、俺は狼狽えて云った。
「ど、どうしたら許してくれるんだ」
水っ洟も拭かないままがばとはね起き、今度は至近距離で噛みついた。
「だから責任取って欲しいでござる」
えー…責任と云いますと。寝癖で跳ねた髪の毛をさすりながら尋ねると、トッシーはグスグスと涙をぬぐってこうほざくのだ。
「けっこんをぜんていとしたおつきあいをするっていうなら、許すナリよ」
「……ええと」
しょっぱい形になった顔で瞬くと、一度引っ込んだ涙がおもちゃみたいにぶわっと溢れた。
「わ、わかったわかった、責任取ります」
「ほんとに?!」
ひしと抱きついてきたトッシーの頭をぎこちなく撫でながら、俺は考えた。

あれ、今、俺、すごい下手打っちゃったんじゃない…?
気づいたときには既に後の祭りもいいところだった。






「近藤さん、顔色悪いぜ」
「あー…ウン」
勤務時間中、玄関先でマトモなほうのトシに声をかけられ、俺はぎしりと首を回した。
「トッシーがさ…」
「俺が?」
言いかけてはっとした。そうだトシとあいつは別人格なんだ。同じ身体を共有している奴が勝手に俺とこんなことになっていると判ったらトシはどうするだろう。
怒るか、呆れるか、切腹すると言い出すか。どっちにしろ面倒なことになることは間違いない。
「いいいいや、なんでもね」
おれはバクバク云う心臓を押さえながら後ずさりした。これ以上事を荒立てたくない。
トシはどもる俺を変な顔で見たが、巡回組の原田に声を掛けられて戸を出て行った。






布団をのべてさあ電気を消そうというところで、障子が外からどんどんと叩かれた。
「近藤氏!近藤氏!」
そんなに遠慮無く叩かれたら壊れちまう。慌てて戸を引くと、パジャマ姿のトッシーが風呂敷包みを背負ってにこにこしていた。
「ど、したの、トシ、その荷物」
「恋人どうしが同じ部屋で寝ないのはおかしいナリよ。ラ○ちゃんもル○アたんも南○2号も同じ部屋で寝てたナリ」
そう云って背中の荷物を降ろす。
中からはポスターを丸めたみたいな筒が何本も覗いていた。何コレ俺の部屋に貼る気?
俺が呆然としている間にトッシーはずかずかと俺の部屋に入り込み、テレビの前でビデオデッキだとかを検分している。あっそこにはえっちなDVDが。
「も、もう寝ようぜ」
若干上擦った声でそう言うと、トッシーはちょっと赤らめた顔をこっちに向けて、こくりと頷いた。

風呂敷の中からご丁寧に持参してきたらしい枕を並べる。
俺は電気を消すと、トッシーの隣に滑り込んだ。体はかちこちに堅くなっていた。なんだ、こいつ意識してやんの。
ま、そのつもりで来たんだろうな。何もしないのも却って不自然か。
数瞬の逡巡の後、俺は上体を起こして覆い被さった。
「わわ」
トッシーは俺の胸板の下から裏返ったような声をあげた。
「ま、待って待って、近藤氏」
「ん?」
夜目にも耳まで真っ赤にして、ぼそぼそと呟く。
「僕、もっとロマンチックなのがいいナリ。だってセカンドバージンでござるから…ウ○ナや覚悟のス○メに出てくるような天蓋付きのレースのベッドで…」
「あーも」
ダメだ萎える。てゆうか殴りたい。
「ちょっと黙ってなさい」
口を塞いで乱暴に前をはだける。釦がいくつか飛んだ気がしたがお構いなしだ。
胸の飾りを噛みつくみたいに食み、反対の手で手荒に性器を握り込む。背筋がびんと撓った。

掌の下でふ、と息を呑む音が聞こえたけれど、抵抗することには思い至らないのか怯えた目がこちらを伺うだけだった。その目の色から小動物が連想されて、俺の中の嗜虐心がちり、と音を立てる。

立ち上がった乳首を甘く噛みながら舌先で転がすと、面白いくらいに腰が跳ねる。
滑りを、わざと音が出るように扱き上げてやると、彼はふるふると頭を振った。
指に押し当てられる舌の感触がくすぐったくて、動きが見えない分いやらしく感じられる。

尿道口を親指の腹でひっかくように擦ると、彼は俺の手の中にあっけなく気をやった。
身体が脱力したのを見計らって口を塞いでいた手を離す。放心したような目は宙を漂っている。
腿で引っかかっていた下着を下ろし、片膝を胸につくほどまでに押し上げた。

尻たぶをさぐり、先程の粘液で入り口のぐるりを湿らせる。
俺は前をくつろげ、もうがちがちに勃ちあがっていた自分のものを押し当てた。
先走りの滑った切っ先で粘膜をつつくと、ひくりと蠢いて中に誘う。
ろくに慣らしてない、と頭の隅で思ったけれど、トシの内部はいつもかなりの柔軟さで俺を飲み込んでいたから大丈夫だろう。
それに今日はどうにも余裕がない。俺はそのまま腰を進めた。

「んんんッ」
目を見開いて衝撃に耐える彼は、奥歯をかちかち慣らした。
「き、つ…」
予想していたことだが、中は痛いほどの締め付けだ。
ひきつった涙声が細く漏れる。
「…たい、いたい、よぉ」
俺は腿を抱えたまま上体を少し起こし、汗でじとりとした下半身を確かめて口角を上げた。
「うそつき」
萎えきっていないそこを揶揄して意地悪く嗤うと、羞恥に耐えかねたのか彼は両手で口元を覆った。

「いいんだろ、トシ」
ぬぐり、と緩やかに引いて、ずんと突く。ぐじゅ、とはしたない音が立つ。
「うー、ッ、あ、あーッ、」
もう俺の言葉なんか耳に届いていないのか、眉を寄せて喉を晒す。
足を抱え直して雁で中のいいところを擦ってやると、恍惚とした表情で俺の首にかじりついてきた。
「ひ、うゥ、あ」
動きを追いかけるように拙く腰を押しつけてくるのが、俺の凶暴を煽って止まない。

普段なら声を殺すトシが上げる甘ったるい喘ぎに、俺は確かに欲情していた。