平行世界マルジナリア(後)



十九時ごろ駅に戻った俺たちは、時刻表を前に立ち尽くした。
「あらっ。もう電車ねえんだ!」
田舎だということをすっかり失念していた。顔を見合せて、軽く笑いあう。

駅前の交番で教えてもらった民宿は、シーズン外れなこともあってすぐに部屋が取れた。
近藤さんはここらでは顔が売れているようで、女将は愛想良く、いつもテレビで見てますよなどと歓待してくれた。
俺も部下と紹介され、同じ年頃の息子も出てきて、ここいら出身の隊士の話や昔話で盛りあがる。
このあたりで暴れまわっていた頃の俺に気付かれるんじゃないかとひやひやしたが、流石に覚えられていないようでほっとした。まあ人相もだいぶ変わったしな、主に悪い方に。


離れの一番いい部屋に通してもらう。田舎の民宿にしては料理も悪くなかったし、酒など大分サービスしてくれた。
ほろ酔いで風呂を借り戻ってくると、部屋の灯りは消されていた。浴衣姿の近藤さんはうちわを片手に、半分開けた窓に腰掛けていた。
「いい湯だっただろ。あ、電気つける?」
「いいや」
首を振れば、近藤さんが天を指さした。
「いい月夜だったからさ」
見ろよ、と促されて窓際に寄った。彼の言うように、肥えた月はあかあかとしていた。
月明かりに照らされて、浴衣の襟から近藤さんの健康そうな肌色が覗く。
「風が気持ちいいな」
目を眇める近藤さんの横顔を眺めていたら、不意に今言わなければならないような衝動に囚われた。

「こんどうさん、」
微かな俺の声を聞き洩らさず、近藤さんはこちらを見た。俺は唇を舐める。
「聞いて、くれるか」
ああ、と返事をして、近藤さんは襟を正した。
窓を閉めて座布団を勧められ、俺は近藤さんに向き合って正座した。

おおよそ何から話していいかわからず、行ったり戻ったり、口ごもったりしながら、俺は身の上を語り出した。

妾の子に生まれ、母親が亡くなってからは父親の家に引き取られたが異母兄弟からは疎まれたこと。そこで唯一人間らしい扱いをしてくれたのが兄貴だったこと。
十一の時押し込み強盗が入ったとき、暴漢から兄貴を護れなかったこと。俺が彼から光を奪ってしまったこと。罪悪感に堪えかねて家を飛び出し、それからずっとやぶれかぶれの生活をしていたこと。ろくでもない連中とつるんで、襟持もあてもなくどぶねずみみたいに生きてきたこと。
近藤さんは俺がつっかえるたびにひとつひとつ相槌を打ちながら、根気強く聞いてくれた。

俺の話が終わると、
「そうか、」
近藤さんはそれだけ言って、俺の頭の上に手を乗せた。じわりと伝わる掌の温かさに目を眇める。息が詰まってしまいそうになりながら、もう一言を絞り出した。
「あんたと会って、俺は生まれ変われた」
ありがとう、と続ければ、近藤さんは低く笑う。
「よせやい。照れる」

胸の中はいっぱいで、呼吸もままならない。嬉しくて苦しいなんてことがあるだなんて、俺は知らなかった。
溜息のように、言葉は漏れてしまっていた。

「あんたが、好きだ」
これが自分の声かと思うぐらいにあえかで頼りない。
ただ畳のヘリを睨んでいれば、近藤さんは暢気に言った。
「嬉しいぜ。ありがとな」
俺は愕然として近藤さんの顔を見上げた。びっくりしたように見開かれる目に、おれは首をゆるゆると振った。
「違う、俺は、あんたと、」
浴衣の袂を握りしめ、ありったけの勇気を出して唇を寄せた。目測は大分ずれて、口の端に少し掠るだけになってしまったけれど、鼓動がばくばくとうるさい。俺は近藤さんの肩のあたりに顔をみな埋めた。
頼む、と言った声は震えてしまっていた。
突き離されたら、軽蔑されたら、拒まれたら、そんなことを考えては胸がじくじくと疼いた。どれだけ時間が経っただろう、実際にはそんなに経っていなかったのかもしれない。
「トシ、」
近藤さんはしっかりと俺を呼んだ。目を伏せながら、おそるおそる顔を上げると、近藤さんの顔が近付いてきた。唇が触れ合い、前歯がかちりと音を立てる。熱く、少しかさついた近藤さんの唇。
「えと、これでいいのかな」
照れ笑いをよこした近藤さんに、俺は言葉もなく何度も頷いた。


座ったまま抱き合い、近藤さんの手がぎこちなく袷に伸びるに至って、
「あの、」
急に心細くなって、俺は襟を合わせて握った。女みたいに柔らかくないどころか、どこもかしこも傷跡だらけなんだ。
「あの、俺、こんな身体だし、萎えちまいそうだったら、」
言い募れば近藤さんは噴き出した。
「心配すんな」
俺のこと好きでそんな顔してるやつで、興奮しないわけがねえ。低く囁かれて、腰がずんと重くなる。

近藤さんの指先から、電流みたいな衝撃が走って全身に伝う。
それまでに経験がなかったなんて言わないけれど、女とのそれとはまるでちがう。血が上りきった頭と相俟って、妙に研ぎ澄まされた感覚が痛いぐらいに身を震わせる。
前を握りこまれて上がった、
「ひゃあ、ア」
甘えた猫みたいな鳴き声が、自分のそれだと判って辟易する。
神経をわしづかみにされているみたいな快感に頭がぐらぐらする。彼の指の中でにちにちいう粘着質な音に翻弄されて、息を呑んで近藤さんの身体にすがりついているだけになってしまって、このままじゃ悪い、と朦朧とした頭で思った。
「ちょ、離せ、」
腰を引いて身を捩り、腹ばいになって近藤さんの股座に顔を寄せた。浴衣の裾を割る。はやる気持ちで下履きをどけ、どっしりとした性器を取り出す。風呂場で盗み見たことならあるけれど、体格にそぐう雁の張った、黒々と立派なそれ。はしたなく、ごくりと喉が鳴る。
「、れも、」
近藤さんのそれが俺の手の中で張り詰めている、という事実に、もうそれだけで達ってしまいそうになって、かかとで自分の股間を圧迫した。
「おい、トシ、」
嫌悪感なんか微塵もなかった。近藤さんの驚いたような声も無視してしゃぶりつく。芯をもったそれを口いっぱいにくわえる。舌でねぶると、だんだんと唾液以外のしょっぱい味がしてくる。下生えの体臭が微かに立ち上ってくるのが、快楽をあぶってしょうがない。ほどなくして、
「こら、」
襟首を掴まれてひきはがされた。
「慣れないことすんな、」
不服そうに見上げれば、近藤さんは俺の唇をぬぐい、へたくそ、と悪戯っぽく言った。

浴衣を脱がされ、布団に横たえられる。覆いかぶさる近藤さんの、引き締まった筋肉をうっとりと見つめる。
蕩ける。頭の思考をつかさどる部分がどんどんと痺れていくのがわかる。
近藤さんが持ち合わせていた椿油を潤滑に、後腔を散々に暴かれた。俺のでかいからさ、とぼやく近藤さんのせりふに、期待で力が入ってしまって、緩めろ、と何度も苦笑された。

膝を抱えられて息を呑む。張り詰めた粘膜が触れ合って、ぎち、と鳴る。俺が息を吐いたタイミングで、近藤さんのそれが中に押し入ってきた。
「ふッ、ぐ、ーゥ、」
硬く熱いそれが、抵抗をものともせずに腹の底までを割り裂いた。ひきつれるような痛みと、ひどい圧迫感、体験したことのない内側からの衝撃に喉から潰れたような声が出る。
「ぐ、う、ぅあ、」
「辛いか?」
気遣うような近藤さんの声が、身体のそこかしこにちりちりと響く。額の汗を拭われ、力の限りで首を振った。後ろ髪が背中に張り付いて鬱陶しい。
半分萎えた俺の前に近藤さんが手をやる。握りこまれれば現金にもひくりと跳ねる。
前と後ろを同じリズムで責め立てられ、いくばくもしないうちに俺は精汁を吐きだした。精管が焼けつくかと思うぐらい熱くて、無我夢中で近藤さんの腕に爪を立てた。



駅の階段でバランスをくずしそうになった俺を、近藤さんの腕が支えた。
「大丈夫か」
「ああ、」
腰にまとわりつく倦怠感と、腹部の鈍痛。酷使した場所が場所だけに、座っているのも辛い。
洗面台の鏡で見たらひどい顔色をしていた。朝食を持ってきた女将にもしきりに心配されてしまった。
「すまん」
ばつが悪そうに近藤さんが謝るものだから、俺は首を振った。
「俺が頼んだんだ」
あんたと繋がれて、嬉しかったし、わけもなく誇らしい。
思い出せば照れくさくて俯いた。思わず口元がゆるむ。近藤さんは俺を覗き込むと、にっと笑った。
「お前そうしてっとかわいいよ」
かわいい、という言葉に度肝を抜かれた。俺みたいなのを捕まえてなんてこと言うんだこのひとは。
「ば、ばか、」
近藤さんは調子づいたように、かわいい、かわいいと繰り返す。何度も言われればいたたまれない。
ほどなく電車がもうすぐ着く旨アナウンスがスピーカーから流れる。ホームまでの階段を、近藤さんに手を添えられて上った。





後日義姉から、兄貴が俺に残したという手紙が送られてきた。
中を開けば白い便箋が一枚きり。
何も書いていなかったけれど、封筒と揃いだと気付かないぐらいに紙がひどく日に焼けている。染みや皺や、折ってはまた広げた跡があって、兄貴がこれと長い間向き合ってくれていたのだとわかった。
あのとき堪えた涙が、また競り上がってきそうになる。

兄貴は、俺のことを恨んでなんかいやしなかった。ただ俺を思いやっていてくれた。
公正明大で、懐が深く、いつも自分より弱いもののことを考えてくれる。兄貴はそういう人だった。俺は十二分にそれを知っていたはずなのに、何で俺は彼を信じられなかったんだろう。

手紙を濡らさないように鼻をすすって、文机に大事に仕舞うと、俺は立ち上がって箪笥の前に立った。
引き戸を引けば、内張りの鏡がある。
鏡の中の自分は、随分険が取れて、そう、あのとき鏡の中にいたあいつと同じ表情になっていた。
鏡にそっと顔を寄せると、口の中で呟いた。今なら自信を持って言える。


今俺は幸せだよ。幸せだ。





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