彼の肩がびくりと跳ね、背中がぐんと反る。ああ達ってしまったんだ、と察したらおれの足も崩れ、彼の前に座り込んでしまった。腰の奥がずくんずくんと、痛いぐらいに疼く。自分の息がみっともなく上がっているのを他人事みたいに聞く。 「ひでえよ、」 ぐず、と鼻をすすりあげる音が聞こえて、おれはぎょっとした。 「なんでこんなことすんだよ。からかうにしたって性質が悪ィよ、」 「い、いや、からかうつもりじゃ、」 彼の顔を覗き込むように上体を傾ける。 「だったらなんで、」 「おれは、」 遮ろうと思ったら思いのほか大きな声が出た。 涙を滲ませた目がこちらをきょとんと見て瞬く。おれは意を決して喉を鳴らした。 「あんたが好きなんだ、こんどう、さん」 あれだけ頭の中でなぞった、名前を発音するのはこれが初めてだ。口に出しただけで思考がぼうっと霞む。 真正面からまっすぐに、見開かれた目と対峙する。いたたまれなくて、かといってそらすこともできずにいれば、彼はようやく意味を汲んでくれたらしく、みるみる赤くなった。 「え、え、え」 ごくり、と喉仏が上下する。近藤さんは手に持っていた下着をみょんと両手で広げた。 「待って待って、どういうこと?この、彼女の下着パクられて、ムカついたんじゃないの?」 「ちげえよだってこの下着履いてたの、おれだし」 あんたに意識して欲しくて、下着オナニーに使ってたって言われて、興奮して頭真っ白になって。告白した後で恥ずかしくなって最後のほうはもごもごと濁す。 「え、土方さんのだったの?」 なおさら混乱したように視線をあちこちにやり、うう、と唸る。 「で、でも、さっきちんこ踏んだじゃん」 「それは、あんたが女のこと考えてオナニーしてたって言うから、腹立って、それで」 「えー、ええ、そう、なの」 近藤さんは視線を落とし、耳まで真っ赤にしながら、つっかえつっかえ言葉を探っている。 「土方さん、俺のこと好きなの、ええ」 改めて口に出されるとたまらない。俺は俯いて、早口で謝った。 「すまん、引いたか」 「や、その、わかんない、うう、」 見るからにいっぱいいっぱいで要領を得ない。あっ、でも、と近藤さんは自分の下半身を見やった。 「萎えてない」 どうしよう、と潤んだ目で言われて、まるで捨て犬みたいで、もういてもたってもいられなくなって、おれは顔を近付けた。近藤さんの体は一瞬強張ったけれど、覚悟を決めたようにぎゅ、と目を瞑るので、ずいと唇を押しつけた。 乾いて熱い唇の感触が、粘膜を割ってぬめったものになる。 歯がかちかち当たる、ぎこちないキスだけでどうにかなってしまいそうで、おれはその間ずっと膝を擦り合わせて下半身の猛りをごまかしていた。 パンツがべたべたする、という近藤さんの一言でお互いなんとなく我に返った。俺は急いでティッシュとウェットティッシュを部屋から持ってきて手渡した。 近藤さんは後ろを向いてごそごそ拭きながら、なんだかぼそぼそと言った。 「て、ゆうか、土方さんさ、カノジョさんはいいの」 カノジョさん?誰のことだ。おれはちょっとむっとして語気を強めた。 「そんなんいねえよ。おれが好きなの、あんただって言ったじゃん」 ん?と近藤さんは首をひねり、いやでも、と振り返る。 「おとつい、駅で女の人と会ってるの見たんだけど」 「何のことだよ、そりゃ」 よくよく場所と風貌を聞き出せば、どうやら志村課長のことらしい。 「冗談じゃねえ!あんな女願い下げだ」 無人島で二人っきりになったってありえない。舌を噛む。 「そうなの?美人さんだったけど」 あんな女のこと褒めるんじゃねえ。かっとなった頭で、おれも思い出してかみついた。 「あんたこそ毎日のように女連れ込んで、」 近藤さんはきょとんとした顔をして、それから眉を寄せた。 「何それ嫌味?」 「だって毎日違う女の声があんたの部屋から」 近藤さんは怪訝そうに口をへの字にしてしばらく宙を睨んで、それから噴き出した。 「ばっかだな、あれ、ビデオだよ、AV!」 「え」 てっきり、入れ替わり女を連れこんでるんだと思って、ずっと気にしてもやもやしていたのに。 「それぐらいわかるだろー、土方さんへんなとこで抜けてんな」 まだ腹を抱えている近藤さんが、聞き捨てならないことを言う。 「俺もてねえもん」 「嘘」 そんなはずない。あんたみたいに魅力的な人間がもてないなんてあるわけないだろ。食い下がれば、拗ねたみたいに口を尖らす。 「嘘なんかつかねえよ、」 「じゃあ、いいのか」 無意識に喉が鳴った。そんなら。 「おれ、調子乗るぜ?」 自分の口から出たのは甘えた様な声だった。こんな手管女相手にだって使ったことがない。 そっと彼の逞しい背中に手を回したら、彼も照れたように笑って、ぎこちなく抱きしめ返してくれた。心臓が爆発してしまいそうだ。鼻先を寄せても嫌がっている素振りはない。 唇が軽く触れ合った瞬間に、表からドアチャイムを鳴らす音が聞こえた。うちのじゃない、隣の部屋のだ。 「近藤さん、近藤さん?」 無粋な声が表から聞こえて、近藤さんはびっくりしたように身を離した。おれは名残惜しい気持ちになる。 「あれ、総悟の声だ」 「……誰?」 「仲良しの後輩。なんだろ」 近藤さんは腰を上げると、玄関のほうに歩いていく。 「どうしたの、俺ここだよー」 近藤さんがドアを開けると、総悟と呼ばれた青年は顔をしかめ、なんでその部屋から出てくるんですかィ、と低く唸った。 更に近藤さんの後ろにおれの姿を認めると、ぎんと眉を吊り上げる。 「おいオカマ!近藤さんに何しやがった」 「んだと、」 何で初対面のやつにそこまで言われなけりゃならないんだ。敵意を隠そうともしないそいつを、おれも思いきり睨みかえす。 「オカマで悪けりゃ女装癖!変態!どうも変だと思ったんだ。女慣れしてねえ近藤さんを下着で釣ろうなんざやり口が汚ぇぞ」 そもそも何で下着のことを知ってるんだ。近藤さんが相談でもしたんだろうか?それにしたって察しがよすぎる。 「うっせえ!黙れ」 おれはろくに言い返せなくて、とっさに近藤さんの腕をひっぱって抱いた。もう唾はつけたんだ、こっちのもんだ。近藤さんはバランスを崩し、おれのほうへと体重が預けられる。やつは声を荒げた。 「近藤さん離れてくだせえ!変態がうつる」 一触即発状態のおれたちを、近藤さんはおろおろと交互に見ている。 「け、喧嘩しないで!総悟、土方さんはいいひとだよ。何でそんな険悪なの」 奴はまじまじ見れば色素の薄い栗色の髪とぱっちりした目をした美少年、おそらくまだ二十歳そこそこだろう。 やっぱりこの人が放っておかれてるわけがないんだ。きっともてないのは女限定だ。俺は舌を打った。上手くいったと思ってたのに、やっぱり一筋縄じゃいきそうにない。 [END] 110918 |