副長の下で働くようになって早五年。あれ、六年だったか?ともかく四六時中こき使われ、殴られ足蹴にされ灰皿にされ、名前を呼ばれればすぐに飛んでいって、買ってきたマガジンに好きな連載が休載していたらボコられる。それだけ生活に密着していればまあ、行動パターンだの思考パターンだのは読めてくる。 マヨネーズと煙草への並々ならぬ執着を除けば、所詮は単細胞、脳みそ筋肉の体育会系。局長よりはましとはいえ机上でどうのこうのや腹の探りあいなんかはニガテで、頭より先に本能で動いているタイプ。それが判れば面白いぐらい行動が読める。 ただひとつ不可解なのが局長に対しての態度。 普段なら命に代えても近藤さんは自分が護るとか言って、過保護なぐらいに甘やかしたり尻拭いに奔走したり。傍で見ていても甲斐甲斐しいぐらい。 それなのに、その局長の振る舞いに、志村の姐御、というか、女性、が絡んでいるとわかった時点での切り替えの早さ、スイッチの入り方というのがものすごく露骨だ。 ひとたびスイッチが入ると、その忠誠が手のひらを返したみたいになる。護らないどころか酷い目に遭わされていても知らんぷり。痛い目に遭えばいいといわんばかりだ。どうかすると素知らぬふりしてパトカーでつっこむわちんこはへし折るわ、とても見てられない。 局長がボーナス握り締めてすまいるにスキップしながら出かけて行ったときなんか、呼び止められて晩酌につき合わさせられた。酒が回ると副長は「あのクソゴリラ」と「死ね」しか言わなくなった。刀研ぎ始めちゃったりして、怖くて死ぬかと思った。 最初はどういうメカニズムになっているのかわかりかねたけれど、志村の姐御に対するやたら喧嘩腰な態度などを総合して、オレは至極単純な結論に至った。 局長のことが好きなのだ。つまりは。たぶん恋愛的な意味で。 びっくりするのが、それらが全部無意識らしいということ。どうも本人には本気で自覚がないらしい。 よっぽどつっこんでやろうかとも思うけれど、却ってややこしいことになるのがわかっているので何も言わない。もしかしたら恋愛じゃないのかもしれない。もっと幼稚な独占欲かもしれないし、局長が結婚でもしたら落ち着くのかもしれない。 まあその時には肩のひとつでも叩いてやろうと思う。あ、でも殴られるかな。やめとこうかな。 副長はオレの渡した資料を一読するなり机に放って、フィルタを噛みつぶして苦々しく唸った。 「なんだこのアホらしい行事は」 内容は来月に企画されているはろうぃんにかこつけた仮装パーティの件。警護のおれたちにも仮装して参加せよ、というお達しだった。 「仕方なかろう。将軍が直々にやるとおっしゃってるんだから」 咳払いをする局長と隣で頷く沖田隊長に、副長はばん、と机をたたいて怒鳴った。 「仕方ないって割にはノリノリだよなあ、お前ら!」 「土方さん、コレ何かわかりやすか?ヒントはアレです、やなせ御大リスペクト!」 はしゃぐ沖田隊長はばいきンまんのコスプレ。やたら似合っているけどこのひとあんなに小物じゃない。 「俺のも見てみて、このマント!これかっこよくない?」 局長はドラキュラ、のつもりらしい。燕尾服なんか着ちゃって、大概似合わない。こんな血色のいいドラキュラ初めて見た。 どっちかっていうと吸血鬼なら副長のほうが合ってると思うんだけど。ちなみにオレはねずみ男。ダランと垂れるつけヒゲがんばりました。 「色々持ってきてやったぞ!トシはどれにする?」 「あほか!おれはやらねえかんな!」 毒づく副長に構わず、局長は衣装ケースの中を漁る。いつぞや着ていたチャイナドレスを取り出した。 「あ、そだ、トシこれ着れば?俺のお下がりだけど」 「局長のじゃでかいんじゃないですかね。もう一着ありましたよ、確か」 オレは他のケースを探して、どピンクのそれを引っ張り出した。 「こちらメンズM〜Lなんでぴったりじゃないかな」 「なんでそんなに揃ってるんだよ!経費そんなことに使ってんじゃねえよ!」 局長は副長とチャイナを見比べて、ふむ、と頷く。 「トシが着たらそれなりにサマになるだろなー」 「どうでしょ?女装が似合うかどうかって顔の造作にはあんまり関係なかったりしますよ」 騒ぐ副長は無視して局長と肩を寄せ合う。 「とりあえず着せてみましょうか」 「そうだな」 「おい!おれは着るだなんて言ってねえぞ!」 がしりと後ろから局長がホールドしているうちに、オレと隊長で服を剥いでいく。 「やめろってば!ちょ、山崎ィ!てめえら後でおぼえとけよ!」 無駄だと悟ったのか途中で抵抗も止み、副長はむすっとしてされるがままになった。 髪をくくっておだんごを結って、処理もしないままとりあえずパンストを履かせて。 それから化粧。副長を座椅子に座らせて、オレは持参した化粧ケースをざらっと広げた。 こてこて塗り始めて十分。ぶっ、と無遠慮に局長が噴き出した。 沖田隊長に至ってはへたりこみ、全身を震わせて畳を叩いている。オレは眉を寄せた。 「あれー、白粉乗せすぎたかな」 首の色と明らかに違う。ちなみに白粉だけじゃない。アイラインはくっきりさせすぎたし、マスカラは盛りすぎた。いじればいじるほど取り返しのつかないかんじになっていく。 見るからにやりすぎたオカマというかんじ。 副長は痺れを切らしたようにオレの手を退けがなった。 「おい!どうなってんだ、鏡寄こせ!」 恐る恐る鏡を渡す。覗き込むなり、ぎん、と目つきが変わったのに、鏡越しにオレたちも居竦んだ。殺気すら感じて、オレは反射的に身体を二メートルほど引いた。 局長も及び腰で、おっかなびっくり謝る。 「ご、ごめん、怒った?」 「す、すみません副長調子に乗りましたすんません」 すう、と立ち上がった副長は、局長に向き直るといきなり抱きついた。 「へ、え、なに、トシ?」 それから両手でがっしと頭を掴むと、鼻の頭をぶつけるぐらいに勢い込んで口づけた。 オレと隊長が事態が呑みこめず固唾をのんでいるうちに、力任せにどんどん唇を押しあてる。ほどなくして崩れた局長の膝を追いかけるように、局長の身体に覆いかぶさっていく。 その壮絶ですらあるキスシーンをおれたちは無言で見守った。 時間にして十数分たった頃だろうか。ようやく気が済んだのか放心状態の局長を解放すると、 口の周りを口紅でべたべたにした副長はこちらを睨んで一言吐き捨てた。 「こっちみてんじゃねーよ、タコ」 脱ぎ散らかされた自分のジャケットを探ってソフトケースを取り出すと一本くわえ、慣れたしぐさで火をつける。あ、でもライター握る手小指立ってる。かれは煙草をくゆらせると魂の抜けきっている局長を座椅子みたいにしてどっかと腰掛けた。こちらに下半身を投げ出すと、下品なしぐさで足を組む。 隣の隊長は目を見開いたまんまだ。オレは狼狽しきって、それでもうまく回らない舌でかれを呼んだ。 「ふくちょ、う?」 「副長じゃねえよ。アタイのことはアネゴとよべ」 品なく歪めた唇から、は、と紫煙を吐くと、さっきまで副長だったかれは、不敵に笑った。 「やっと表に出てこられたんだ。ゆっくり羽伸ばさせてもらうぜ」 110311 |