息を潜めてじっとしている。 狭い境内には人影ひとつない。石段の下から子供の声が、時折風に乗ってやってくる。 雨が近いのか、曇天は低く、木々のすぐ上にまで迫ってきている。 湿気を吸った空気の匂いを胸一杯に吸い込んで、吐いて、それから目を眇めた。 自分がここでこうして賽銭箱の隣で膝を抱えているのには理由がある。 本来ならば六時の引き継ぎの時間まで、自分は土方と市中見回りをしているはずだった。 巡回中に非番の近藤と会って、いつものように頬に手形を作っている彼をからかって。 普段と寸分違わない、他愛もない会話。 視線のやりとりが外れた瞬間、ふと。 自分と話す近藤を、そっと伺う土方の眼差しに気付いた。 一度気付けば矢も盾も堪らなくなって、そうして後ろも振り返らずに走り出していた。 近藤に何度も呼び止められたけれど構わない。むかむかして仕方がなかった。 盛りの付いた猫みたいな目、しやがって。 思い出すだけで胸が悪くなる。 「アイツ早く死ねばいいのに」 苦々しく吐き出した独り言は口元で詮無く弾けた。 靴の踵で砂利が鈍い音を立てる。 だいたい最初から気にくわなかった。 思えば初めて近藤が土方を道場に連れてきた、あのころから土方はあんな目で近藤を見ていた。 自分が成長して、その意味が正確にわかるようになったとき、自分の中にあった土方への苛々は間違っていなかったのだと悟った。 自分にとって『真選組』は『家』だ。別に呼称なんかどうでもいい、近藤と、近藤を慕って取りまく者が集うところが自分の居場所だ。 自分だけじゃない。多かれ少なかれ、あそこにいる奴らはみんなそんなことを思っているはずだ。 各自を繋ぎ止めるものは連帯感や信頼や絆だったり、さまざまだけれど、皆が自分の役割に満足している。 真選組が発足するとき、土方をすぐ隣に据えることを選んだのは近藤だった。自分を除き、他に誰も異を唱えるものはいなかった。 表向きは全て、滞りなく機能出来ている。近藤は土方を、土方は近藤を信頼している。それは確かだ。 ただ近藤は自分たちが噛み合っていると思っていて、土方は噛み合っていないと思っている。 それだけだ。そんなもの悲劇でもなんでもない。 この家が家であるために、土方の想いが踏みにじられるのは仕方のないことだ。 自分たちのなかに異質なもの、不穏分子を持ち込むこと、劣情などというもので信頼を汚すことは、明らかにルール違反だった。 それは土方にもわかりすぎるくらいにわかっていることだろう。 てめェでも持て余すような思いなら、さっさと捨てればいいのに。 あいつはバカなのか殺人的に不器用なのか、いつまでも見苦しく引きずっている。 いくら辛そうな顔をしてみたって無駄だ。 そんなのちっとも可哀想じゃない。 呼ばれた気がして視線だけを上げると、 「帰るぞ」 当人が煙草をくわえたまま見下ろしていた。気配にも気付かなかった。それほど我を忘れている自分の神経にも嫌気が射した。 首を大袈裟に振る。見れば見るほど腹が立ってくる。 「帰らねぇ」 それからうつむいた。土方はそんな自分のつむじを凝視しているようだった。 しばしの沈黙の後、土方はため息をつくように云った。 「そうか」 自分の隣、少し間を置いて腰掛ける。 「じゃあ帰りたくなるまでここにいてやる」 いつも、どんなにばかばかしくても、 自分がこういう意地を張るとき、土方は辛抱強く付き合う。何があったとも聞かない。ただ黙って傍にいる。 きっと土方は全部わかっているのだと思う。 それも悔しく、訳もわからず癪に障った。 子供扱いをされる歳でもない。 膝に顔を埋める。 隊服の、厚ぼったいサージがごわごわと頬に擦れて不快だった。 このごわごわも、不快指数も、自分の不愉快さも、全部、 「あんたのせいでさァ」 土方は否定も肯定もしなかった。低く喉で笑って、それきりだった。 |