オートリバース(前)


明日から一週間の出張、というこのタイミングで、部屋に来いなどというものだから、おれが期待してしまったのも無理からぬことだと思う。おれは風呂に入り、始末をして、準備万端で近藤さんの部屋の戸を引いた。

「おお、来たな」

近藤さんは軽く手を挙げると、見ていたテレビを消して座布団に座りなおした。
おれは脇に敷いてある布団のほうに期待で目をちらちらやりながら、薦められるままに近藤さんの正面に座った。
「明日から、しばらく留守にするけど、頼むな」
「ああ」
話なら聞いている。星間防衛会議に、とっつぁんのお供で行くことになったと。渡航の手続きが面倒だとも。
「なんだ改まって」
「お妙さんの誕生日が六日後なんだ」
「はあ?」
飛び出した名前に、おれは変な声を出した。近藤さんは咳払いを一つすると、袂を探る。
「できれば当日おめでとうを言いたい。でも言えない。そこで俺は考えた。録音したらいいんじゃね?って。で、トシに頼みたいんだけど」
畳の上に突き出されたカセットプレイヤーに、おれは何度か瞬きをした。
「これ、お妙さんの誕生日に聞かせてあげてほしいんだ」
カセットとはまたアナログな。問題はそこじゃない。おれは思い切り顔をゆがめて見せた。
「なんでそんなことをおれがしなきゃならねえ」
まるでおれの声なんか聞こえていないかのように話は続く。
「いいじゃん、ねえ、お願い」
小娘みたいに手を身体の前で組んで、ウインクなぞしてくる。神経を逆撫でされておれは唸った。
「ふざけんな、そんなことで呼び出したんならおれは帰る」
裾をさばいて膝立ちになれば、
「まあそう言うなよ」
近藤さんは笑っておれの肩に手をかける。手をかけられたら振りほどけないことをわかってそうする。
「あんたばかじゃねえの、おれがはいはいわかりましたって素直に言うこと聞くとでも思ってんの。あの女と顔あわせんのも御免だってのに、」
「うん、知ってる、でもさ」
目交いで、かれは破顔する。
「トシはみんな俺のいうこと聞いてくれるじゃん」
持ち上げられた口角に背筋が伸びる。
「、ざけんな、」
振り上げた拳は簡単に受け止められた。もつれあって布団に転がって、おれの抵抗が抵抗になっていたのはものの数秒でしかなかった。
押さえつけられて、手首に食い込む近藤さんの体温を近藤さんだと知覚したら、ばかみたいに息が上がって、口づけを受ける頃にはもう首筋にしがみついていた。



「う、ぐ」
楔を打ちこまれて、潰れた蛙みたいな声が喉から漏れる。熱が中で渦巻いて、全身からじわと汗が噴き出すのがわかる。近藤さんの手首にすがる、自分の指先だけが冷たい。
中が緩むのを待って、ぎちぎちと律動が始まる。ひきつれた息を断続的に吐いて、脳味噌を塗りつぶしていく欲に酔う。
「うあ、ああ、ん、う、」
中を探るように動かれて、ひときわ大きな声が出た。
「ひ、」
最奥で動きを止めた近藤さんが、息をひそめて言う。
「ねえ、トシ、さっきのことさ、いいでしょ」
何のことかとおぼつかない頭で考えて、思いいたって脳髄が凍ったようになった。おれの体が強張ったのを見て、近藤さんはさも面白そうに笑う。
快楽を憤りが覆って揺さぶる、それでも嫌悪にはなってくれない。すぐにでも突き放してしまいたいのに、おれの身体はかれをくわえこんだままでいる。
せめてものプライドで睨みつけると、近藤さんの口はもっと惨い言葉を紡ぐ。

「うんって言ったら、いかせてあげる」
耳元にふきこまれた、脅迫じみたそんなせりふすら、身体は興奮に変換しようとする。

こんな酷いセックスは初めてだった。気持ちいいので泣いてるのじゃない。
頭と身体でちぐはぐにきしむ神経が悲鳴をあげる。おれはずっと歯を食いしばっていた。どこを噛んだか血の味がした。




総悟の運転するパトカーの後部座席でも、でかい肩を寄せて近藤さんは念を押してきた。
「じゃ、頼んだからな」
おれは意地で返事をしない。唇を引き結んだまま、パワーウインドウを下げた。風と音が吹きこんできたけれど近藤さんの声をかき消してはくれなかった。
「ちゃんとお妙さんがみんな聞くまで見届けてよね」
言い添えられた言葉は聞こえないふりをした。バックミラー越しに総悟がちらと視線をよこしてくる。



ごった返すターミナルの入り口、おれと総悟に大きく手を振りながら、近藤さんはしつこく繰り返す。
「トシ、頼んだよ、お願いねー」
総悟は土産をあれこれ頼んで、近藤さんの背中がゲートの中に消えると、ちらとこちらに視線をよこしてきた。
「何頼まれたんですか」
抑揚もなく尋ねられて、おれは吐き捨てた。
「んでもねえよ、」
総悟はそれ以上食い下がってはこなかった。踵を返せば人ごみの中、三歩距離を置いてぴったりついてくる。ターミナルの磨き抜かれた床をブーツで踏みしめる。とにかく煙草が吸えるところに早く行きたい。


件のレコーダーは上着の内ポケットに入れたまま。帰りのパトカーから川にでも投げ捨ててやろうと思ったけれど、できずじまいだった。
だってこれにはあのひとの声が入っている。だからおれには棄てられない。棄てられない自分がなにより悔しい。




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