こんなデンパじゃ勃たねェよ(後編)


はぁ、と近藤がため息を漏らすのと同時に、コンコンと廊下に面した障子の桟が叩かれた。
「おー」
気のない長い返事をすると、障子が開いて沖田が軽く頭を下げる。
「おはようごぜえやす」
オハヨ、と唸るように答えれば、沖田は布団の脇に膝をついて、近藤の股間を覗き込んだ。ヒラヒラと手を振って、懐から取り出したメガホンでオーイ、と呼びかける。
「今朝もダメですかィ」
「ウン」
ウンともスンともいわねえ。近藤はしょっぱい顔で首を振る。今日で実に三日目だった。


仕事をしているときはまだ気を紛らわせるものの、ふとした拍子、例えばテレビでアイドルがパンチラしているとか、ポスターのセクシーポーズな女性とか、アダルトな店の看板を見るとか、そういったときに自然と身のうちから生まれていた興奮の類がぴたりと枯れてしまっているのを実感する。危機感と焦燥、それから脱力に翻弄されて近藤の頬は少しばかりこけた。
男性機能とは本質的な自信と密接である。だからこそそれを失いそうになったとき壮年男性は躍起になるのだ。そんなことこの年齢で知りたくなかった。近藤は唇を噛む。

ストーカー行為に及ぶ元気もない。お妙に対しての気持ちは決して性欲だけじゃないつもりでいたが、そのあたりだんだんと近藤の自信は失われつつある。



「おーい、トシ、」
廊下で呼び止めれば土方は軽く身を強張らせた。目も合わさずに何だ、と聞く。
「おかめ旅館にかちこみした時の資料、どこにあるかなと思って」
「書庫になけりゃ二番隊の誰かじゃねえの、最近回天党の張り込みしてるし」
「ああそっか、なるほど」
早口で答えると土方はすぐに背中を見せ、逃げるように去っていってしまった。近藤は肩をすくめた。

することもなく仕事に励む近藤に、初日以来土方はなぜか一定の距離を置いている。
土方も性欲を除いたら自分に興味がなくなっちゃうのだろうか。考えてみて近藤はぶるりと首を振った。縁起でもない。



トイレで小用を足し、肩を落として出てきたところで真横から声をかけられ、
「まだ治らねえの」
近藤は飛び上がらんばかりに驚いた。横を向けば土方が腕を組んで厠の扉に寄りかかっていた。
「びっくりした。驚かさないでよ」
胸を撫でると、土方は口元を歪めて自分の爪先を睨んだ。それからぼそぼそと、小声で唸った。
「え、何て?」
耳を寄せれば、悲痛な面持ちで更に歯を食いしばる。
「おれは謝らねえ」
「へ?」
「あンたのそれが、おれのせいだとしても」
土方の肩が僅かに震えているのを見て、近藤は苦笑した。
「別にお前のせいじゃあねえよ」
そんなことを気にしてたのか。おおよそ沖田あたりに何かを言われたのだろう。
近藤にしてみれば、別に土方とのセックスが負担などと思ったことはない。気が向かなければどうにかして宥めてすかすぐらいには土方の扱いを心得ているし、いざ事に及べば近藤のほうが奉仕しているような態になりがちだけれど、近藤は近藤でちゃんと愉しんでいる。全身で土方に求められることも、それに応えるのも決して嫌いではない。行為のとき湧き上がるくすぐったさと誇らしさのようなもの、得体の知れない優越や、土方から伝染するような熱情を、近藤は確かに愛 しいと思う。

俯いた土方のつむじが見えたので、そこに掌を当てて撫でてやる。でも、と土方がいっそう頭を肩に埋めた。
「あンたがこの先一生セックスできないなら、それでもいいって思う。おれとしなくても、おれ以外の誰ともできねえんなら」
「なんだそりゃ」
近藤は呆れて眉を八の字にした。酷い言い草だ。
「したら、お前はどうすんのよ」
問えば、近藤の手を払うように土方はかぶりを振った。
「おれも、一生しねえ」
あんた以外とは死ぬまで絶対、しねえ。そう繰り返す土方の、噛み締められた唇の赤を見るうち、近藤は背筋に戦慄が走ったのを感じた。遅れて腰を、むずがゆいものが競りあがってくる。
「あ、」
突然大きな声を出されてびっくりしたのか、面を上げた土方が目を丸くする。
「…たった、ぽい」
「なんで、何が、」
突然のことに口をぱくぱくさせている土方の身体を正面から軽く抱きしめて、近藤は長い息を吐いた。



その晩は近藤の快気祝いにかこつけ酒宴が開かれた。
『局長回春おめでとうパーティ』という垂れ幕に山崎の顔が小さく引き攣る。回春って。
酒瓶を抱えた隊士たちにコップやジョッキをぶつけられ、座の中心の近藤は相好を崩している。
「よかったですね!ほんとどうなることかと」
「局長が元気ないと、こっちの士気まで下がりますよ」
仕事に熱心だったとはいえ、テンションの低い近藤では調子が狂う。皆気にかけて遠巻きにしていたのだ。
「それで、最終的には何が効いたんだ?」
「おれの愛のちか」
胸を張った土方のせりふを遮って、口々に隊士が尋ねる。
「オレのDVD?」
「姐さんのとび蹴りですか」
「てめえら話を聞け!おれの!愛の!力が!」
「庭の猫の交尾見たとか?」
「いやいや、それなら動物園でゴリラの」
自分のせりふをまるで無視して続く会話に、土方が切腹と言い始めるまであとどれほどもないだろう。やれやれとコップのビールを煽った近藤に、山崎が声を潜めて打ちをした。
「で、実のところ何がきっかけだったんですか」
問われて近藤は人差し指を唇に当てた。
「ナイショ」
山崎は鼻白んで、かわいくねーよゴリラ、と吐き捨てた。


近藤はそっと瞼を伏せる。
ある程度予想はついている。あまり認めたくないことだけれど。

自分は哀れみで興奮している。土方が自分に飢え嘆き息も絶え絶えに喘ぐのに、確かに反応して情欲は頭をもたげた。

彼といるときはいつも、限りなく墜落していくような気分でいる。いつ底に着くのか、そもそも底なんかあるのかわからない。それが決して不快じゃないのだから、自分も大概だ。近藤は口には出さず、唇の端で自嘲した。






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