こんなデンパじゃ勃たねェよ(前編)


ギャアア、という野太い叫びが屋内に木霊した。
ここ真選組屯所の朝にそのような悲鳴は珍しいものではなかったので、食堂で朝食を摂っていた隊士たちは特別箸を止めることもなかった。
「局長か」
「局長だな」
口々に云っては頷きあう。

パターン一、沖田のいたずら。パターン二、土方のヒステリー。
大分類はそういったところだ。パターン三のその他に天災系のトラブルがカテゴライズされるが、それも大騒ぎするもののたいてい一週間やそこらで収束するケースがほとんどだったので、隊士たちに危機感は薄い。
「今度はなんだろ」
「もう大概のことじゃおどろかねーぞ」
原田がフンと鼻を鳴らして味噌汁をすする。
続いて、うおおん、と近藤の泣き声が聞こえてきた。
「泣いてる」
「パターン三か」
「やれやれ」
「おーい誰か様子見てこいよ」
そう声が上がるに至って、野次馬根性の永倉と雑用根性染み付いた山崎が自分のトレイを片付け始めた。


「ハイハイ、今日はどうしたんですかァ」
局長室の戸を引けば、布団に突っ伏しさめざめと泣いている近藤と、その奥には腕組みをして渋い顔の沖田がいた。
振り返った土方が真っ青な顔をしていたので、山崎たちの肩にも緊張が走る。
「な、何事ですか」
「…になった」
「え?」
土方は堪えきれないというように俯いて、重苦しく口を開いた。

「近藤さんが、インポに」



近藤は午前中いっぱい、腑抜けたゾンビのような様相で、周りにお通夜のような雰囲気を撒き散らしていた。

「うっそだぁ」
「またまたァ局長ったらぁ」
「朝立ちしてなかっただけなんじゃないの。宿酔いとかで」
昼休みの休憩室、近藤を囲んだ隊士たちが近藤の肩をばんばんと叩く。
最年長の井上に差し入れてもらった強壮剤を握り締めながら、近藤は憔悴した顔で首を振った。
「そうじゃねえ」
横で正座をする土方も言い募る。
「ほんとに何してもウンともスンともいわねえんだ」
ああ、試したんだ…とみな口には出さずに心で思った。
ひとりまたひとりと席を外した隊士たちは、思い思いのものを伴って休憩室に戻ってきた。それぞれの厳選オカズを持って。
「うりゃ、メイドもの」
「じゃーん、洋ピン」
「どっこい女教師」
「時代は熟女っス!」
近藤の座布団を中心に半円を描くように、バリエーション豊かなDVD、グラビア、成年雑誌が並べられていく。
「みんな、ありがとう……」
でも、ぜんぜんピクリともしない…と近藤はうなだれた。普段ならパッケージだけでノリノリだいこうふんだっていうのに。
「これではどうですかィ」
沖田が出したのはお妙の、回し蹴りをする角度でちょっと下着が見えそうなショットのスナップ写真だった。
「あっ今ちょっとピクっと」
近藤が目を輝かせたのもつかの間、土方が畳ごと写真を切り払った。
「でえええい」
「ギャーなんで破っちゃうのトシィィ」
「そんなのよりこっち見ろ。ナースに緊縛。セーラー服もあるぞ」
代わりに自分の写真を並べだす。なにこれどこで撮ったの。近藤はつっこめずに印画紙の中のカメラ目線の土方から焦点をぼやかす。
「てめーらはみるんじゃねーぞ、俺のセクシーコレクション」
肩でガードをされ、とりまく隊士たちはみな引き笑いをしている。頼まれてもみねーよ、と原田が呟いた。飽くまで聞こえない音量で。



翌日の朝もぴくりともしていなかった事態を重く受け止め、近藤は医者にかかることに決めた。付き添いは医療担当の山崎と、着いていくと聞かなかった土方の二人。

問診をひととおり終えると、五十がらみの恰幅の良い医師は頷いて言った。
「ストレスですね」
こういうのは精神的なものに拠ることがほとんどですから。ストレスのもとをとりのぞくというか、まあそういう方向で、一時的なものかもしれませんし薬の処方は待ちましょう。
説明を皆まで聞かずに、半泣きの土方が近藤の手を取る。
「がんばろう近藤さん!おれがついてる!」
「ええと、そういうのもやめましょうね」
医者はにこやかに宥める。
「このひとがパートナーですか?」
問われて近藤はあーとかうーとか言葉を濁す。医者は頷くと、土方を穏やかに諭した。
「よろしい。それじゃああなたも、プレッシャーを与えないようにね」



近藤は病院の帰りにたまたま通りすがった松平のハイヤーに拉致された。いいオモチャにされること請け合いだ。トシも、と誘ったものの土方の眼光に松平は手を引っ込めた。
ピリピリした雰囲気の土方の後ろを、山崎がおっかなびっくりついて帰る。

屯所の下駄箱まで来ると、沖田が待ち構えていたように土方の前に立ちはだかった。
「なんて云われました」
答えあぐねる土方の代わりに、山崎が早口で答える。
「精神的なものだから治療のしようがないそうです。プレッシャーをかけるなって」
ふうん、と気のない返事をして、沖田は背伸びの体勢をとる。
「あンたのせいでしょうねィ」
「どういうことだ」
土方はむっとして低く唸った。
「あンたにセックス強要されて、相当ストレスたまってたんじゃないんですか」
「な、」
「近藤さんがストレートなことぐらいわかってるでしょうが。あンたで勃起すんのも相当の苦労が」
「総悟てめェ殺されてェのか」
土方はわなわなと拳を握る。沖田はため息をつくと、少し真顔になって土方に顔を寄せた。
「あのひとはいつか嫁をもらって跡継ぎ作る大事な身体なんですから、おもちゃにするのも大概にしてくださいよ。これを機に身を引くのも、愛ってもんじゃありやせんか」
それは近藤への心配にくわえ、子供っぽい嫉妬や拗ねからくるもので、沖田の本心からのせりふでないことは傍で聞いている山崎にも察することができた。けれど今の状況下で、土方には聞き流してしまえるほどの余裕がなかった。

土方の拳が力任せに壁に叩きつけられる。パラパラと壁の砂が落ちる音。
足早に去っていく土方の後姿を眺めながら山崎は、
「あーあ」
荒れるぞこりゃ、とぼやいた。






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