やさしいさいみんじゅつR(後編)


肩を抱かれ、かれの言葉にうっとりしてずっと頷いていたら、日が暮れた頃にはすでに結納だの式は平安殿でだ のの話にまで進行していた。

「あのう、夕飯です」
おそるおそる告げに来た新米隊士に、近藤さんはげ、もうそんな時間!と立ち上がり、おれの手を恭しく取った。
「むさくるしいところですが、夕飯食べていかれませんか」


食堂に着くや否や、近藤さんは周りの隊士たちに、べっぴんさんだろ、すげーだろ、トシ子さんていうんだぜ、などと満面の笑みで触れまわる。
組じゅうに事情は広まっているらしく、みんなそうですね、よかったですね、などと話をあわせている。心なしか生温かい眼差しがムカつく。
食堂中をきょろきょろ見渡して、近藤さんは向かいの席の斉藤に声をかけた。
「そういえば、トシは?」
斉藤は目を丸くして、山崎に目配せをする。助け船を求められた山崎は、ええと。と前おいて、へどもど答えた。
「出張だそうです、えと、急な用事で。か、関西だっけな」
「ええー」
近藤さんは目に見えて肩を落とす。
「なんだぁ、あいつに早く紹介したいのに」
ひどいんじゃね、それ?と思ったけれど、今はとにかくうっとりしていたいので、あえてその辺は突き詰めないことにしておく。


夕食を終えていつもどおり宿舎棟に向かおうとしたら、近藤さんは目を丸くした。
「ト、トシ子さん、そちらはうちの者たちの部屋でして」
「え、ああ」
そうか、今おれは建前上女に見えているわけだから、あっちで寝るのはだめなのか。
「泊まっていかれるんですか?それならお部屋を」
客間掃除してある?新しい布団あっただろ、あれ用意して。と傍の平隊士に言いつける。

ちょっと拍子抜けした。早速部屋に連れ込まれるかと思ったのに。
このひと逃げないとわかった女にはがっつかないのか。ちょっと残念だけれど、大事にされているのだとわかるから厭な気はしない。とことん姫扱いされてみたくもあった。


通された客間には当たり前だが初めて泊まる。ふかふかの寝具は却って落ち着かない。おっかなびっくり布団に入ったところで、遠くからばたばたと騒がしい足音が聞こえた。
「副長!」
戸を引いた山崎が、息せき切って叫んだ。
「地下鉄の○○駅で小爆発があって、回赤党と三島隊から別々に犯行声明が出てます」
「なんだって」
即座に着替えて帯刀する。上着に腕を通しながら廊下を駆ける。
「一番隊から三番隊まで現場に急行させろ。四番隊から六番隊までは道場で待機。爆発物処理班は無線で呼び出せ」
併走する山崎が頷いた。
「はい、局長からも同じ指揮をされてます」

隊士でごった返す道場に駆け込めば、近藤さんは持ち込まれたモニタで状況を見ながら、現場の連中と無線をしていた。
「あんたはここで指令を出してくれ。現場には俺が行く」
それだけ伝えてきびすを返すと、近藤さんはインカムをぶっちぎって隊士をかきわけ、おれの前に飛び出した。
「だめです!」
「へ」
「女の人が刀を握るなんてとんでもない。危ない仕事は俺たちに任せてください」
「何アホ云ってんだ、俺は出るぞ」
「だめです」
肩を強く押さえつけられ、有無を言わさぬ口調。
「こちらにいてください、いいですね」
おれは迫力に負けて頷いてしまった。
「しかし、こんなときにトシがいないと困るなぁ」
ぶつぶつとつぶやいて近藤さんは自分の上着を羽織る。事情を知っているまわりの隊士は顔を見合わせる。彼の背中に続きながら口々に云った。
「あのひとは決めたら頑として譲らねーよ」
「へみにすとだからなぁ」
「まあ、この程度のヤマならどうにかなるから」
永倉にまで肩を叩かれ、おれはしぶしぶ屯所で待機することにした。


手持ち無沙汰で電算室にいたが、縦横数十あるモニタを見ていると目がしょぼしょぼしてきた。
現場から上がってくる報告を事細かに調べ上げデータベースと付き合わせ、ほんとにこういうのおれ向いてない。現場で動いてる方がよっぽど楽だ。
爆発自体は小規模なもので、装置にも玄人の作ったような個性は無く、火薬の量も花火に毛が生えた程度。調査によりいずれの犯行声明もフカシだということが判った。結局攘夷派とは全くかかわりの無い、地元の学生のいたずらだったようだ。
すっかり夜が明けてから帰ってきた近藤さんは、待機組の任を解き、ねぎらうと、大事が無くてよかった、と空笑いをして、ふらふらと自室に戻って行った。




そろそろ起こしに行こうか。でもできるだけ寝かせてやりてえし。昼時ちらちら食堂の時計を見上げていると、目の前のカウンターにガタンとトレイが突き出された。
「これ持ってってやんなさい」
昨日から飲まず食わずでしょ。食堂のおばちゃんにウインクされて、おれは軽く会釈をした。

「近藤さん」
部屋の外から呼びかけ、ノックもそこそこに襖を引く。おれの姿を認めると、寝ぼけ眼だった近藤さんはがばと飛び起きた。
「散らかってて!すみませんっ」
あわあわとそこらのモノを避けだす近藤さんを尻目に、勝手知ったる部屋、座布団を引っ張り出して布団の脇に座った。
「食事持ってきたぜ」
枕元に置けば、深々と頭が下がる。
「あっ、ありがとうございます」
「足りなきゃ後で食堂に行けばいい。あの後なんもねえし、まだ寝てても平気だぜ」
「すみません。何から何まで。いやあ、ほんとに嬉しいです」
握り飯にかぶりつきながら頭を下げる。そろそろ敬語はよして欲しいんだけど。頬についた飯粒を取ってやれば照れ笑いをよこす。
近藤さんは、へへ、と食指で頬をかいた。
「不思議だな、貴女とは昨日今日会った気がしないんです。女の人相手だと上がっちゃったりトチっちゃったりするんだけど、貴女が相手だとなんでも喋れる」
当たり前だろ、そんなの。昨日今日の付き合いじゃねえんだから。口にはしないでいると、近藤さんは弾んだ声で言った。
「まるでトシといるときみたいです」
面映いし嬉しいけれど、なんだか複雑だ。戯れのつもりでおれは聞いてみた。
「そのトシって、どんなやつなんだ」
「俺の親友です」
即答されて苦々しい気持ちになる。近藤さんはそんなおれにかまわず滔々と続ける。
「俺と違って男前で、クールで。まあちょっと変わってますけど、ほんとに頼りになるやつなんですよ。俺、あいつがいないとてんでダメで。局長なんかやってられるのもあいつのおかげなんです」

出張って言ってたけど、いつ帰って来るのかな。俺聞いてないのに。
呟いた声が寂しそうで、心臓がぎゅうと締め付けられる。おれはもう近藤さんの顔を見ていられなかった。



長いこと近藤さんに岡惚れして、気の多いこのひとには振り回されてきたけれど、それでもこんなにうちのめされたのは初めてかもしれない。
おれはこのひとの望んだおれでいたい。このひとに望まれるおれでいたい。かれに望まれる自分を手放したくない。
おれが彼にとっての「女」になれば、彼はおれを愛してくれるかもしれないが、そのかわりおれは愛されるより他のことは何にも出来ないんだ。



急用を思い出したと近藤さんの部屋を辞して、俯いて廊下を歩く。
縁側で昼寝をしているあいつに近づいて、おれは唸るように口を開いた。
「近藤さん、元に戻せ」
「もういいんですかい?」
案の定起きていた総悟がアイマスクをしたまま応える。
「もういい」
おれは低くそれだけ吐き捨てた。
おれの面持ちなど見えていないはずだけれど、見えているかのような、総悟にしては優しげな声音で云った。
「俺に言わせりゃあれもこれもって、贅沢が過ぎるんですよあんたは」




術を解いてもらうとき、おれは同じ部屋にいたくなくて、廊下に出て部屋の襖に張り付いて待った。

ぱん、と総悟の掌が鳴ると、開口一番、近藤さんは云った。
「トシは?」
外ですよ、と総悟の声が応えて、間もなく襖が勢いをつけて開く。
「ああ、いたいた」
近藤さんは若干身を引いたおれのほうへつかつか寄ると、腕をぐいと掴んだ。それからぎゅうと抱きしめられる。他意なんかなさそうな、力任せの抱擁。
「な、んだよ」
息も苦しくて身体を強張らせれば、近藤さんはほう、と大きくため息を吐いた。
「なんかずいぶん会ってなかった気がする」
得体の知れないつんとしたものが鼻梁を駆け上がってくる。おれは堪えて、自嘲気味に云う。
「おれがいないといやか」
「当たり前だろ!」

そんな当たり前のこと聞くなよ、という近藤さんの声に、かすかに怒気がはらまれていたものだから、それでおれはもっと泣きたくなった。






(了)
100101

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(企画お題・『催眠術』『頭か何か打った近藤さんが土方にめろめろで土方がびびる話』)
ご協力ありがとうございました!!^^ あんまりびびってないけど…