一方的にお泊り予告をされたお妙さんは怒りの行き場がないらしく、しこたま俺を殴ったが、頬が腫れあがった辺りで諦めたのか、肩を竦めて見せた。 「仕方がないわ。今日だけ夕飯ご馳走してあげます。特別よ」 「二人分でこれだけで。あ、税込み価格です」 すかさず新八くんが電卓を叩き、俺に提示する。ほんと抜け目ないこの姉弟。 腕まくりをして割烹着を羽織るお妙さんに続いて、トシもひょいと腰を上げる。 「近藤さん、料理すんのか?おれも手伝うぜ」 そう云って金魚のふんみたいにまとわりついていった。 ああ、いつもこんなふうに見えるんだな。結構みっともないなアレ。などとのんきに考えながら二人を台所へ見送る。 「手当てしますか」 どっこいせ、とたんすの上から救急箱を下ろした新八くんに声をかけられ、俺は頭を下げた。 「ああ、すまん、ありがとう」 「はい、動かないでくださいね」 腫れあがった顔に容赦なく消毒液をぶっかけられ痛さに呻く。それからガーゼを当ててもらう。 半分潰れた左目で、茶の間からすだれごしに台所を伺えば、トシはお妙さんの指示通りきびきびと手伝っている。 普段の仏頂面がちょっと緩んだ、いつもは俺だけに見せる表情。お妙さんもそんなトシにまんざらでもなさそうなのが傷つく。チキショウ、だから色男ってずるいんだ。 「…すんごい妙な光景ですね」 潰れた声を出す新八くんに同意して頷く。 「俺もそう思う」 トシだってお妙さん相手にあんなに甲斐甲斐しくしちゃってまあ。仲睦まじいかんじで、確かに美男美女だから画になるけんども。なんだかもやもやする。 新八くんと並んでぼんやり見守っていたが、お妙さんが卵を手に取り、トシが冷蔵庫からマヨネーズを取り出したあたりで二人とも膝立ちになった。 「こ、これやばくないですか」 「ああ、最悪の事態だ」 お妙さんの卵料理にトシのマヨネーズ。破壊力は二乗。人死にが出る。っていうか俺が死ぬ。 アイコンタクトを取ると頷きあい、台所に突撃する。 「あっ、あねうえっ、姉上の好きなお漬物切れてましたよねっ」 新八くんの裏返った声に、お妙さんが首を傾げる。 「あらあら。そうだったかしら」 「あっ、みりんもほとんどないじゃないですか!」 棚の上に並んだ瓶に駆け寄り大仰に指をさす。 「んだコラてめーら、邪魔立てするつもりか」 不機嫌さを隠そうともしないトシが、青筋を立ててこちらにメンチを切る。俺も新八くんも及び腰で、でもここは頑として譲れない。 「いやいやとんでもない!そうじゃないけどね、ここはひとつ俺たちに任せて」 「そうそう、二人でお買い物に行って欲しいな、みたいな…!」 顔を見合わせたトシとお妙さんは、それじゃ仕方ないわね、と言って割烹着を脱ぎだした。助かった。俺も新八くんも半泣きだった。 新八くんと二人で作った肉じゃがは可も無く不可もなく、と云ったところだった。トシはマヨ分が足りないとか、俺たちが作ったほうが上手いなどとぶつぶつ云っていたがそこは当然無視した。お前の口に合ってたまるか。 お妙さんの機嫌は俺一人のときと比べ、頗る良かった。(これがトシのイケメン効果かと思うと多少、てゆうかすごい妬ましい)客間を貸してやるから泊まっていけば、と云われて俺は度肝を抜かれた。 「但しお風呂や私の部屋を覗いたら…わかっているわね」 ドスの効いた脅しを耳元に吹き込まれ、ぶんぶんと首を縦に振る。 客間に案内され、布団の場所などを指示するとおやすみなさい、と背中を向けたお妙さんに、トシが不服そうに云った。 「なんであんたと部屋が別々なんだ」 お妙さんはちょっと目を丸くして、いやだわ、とかぶりを振った。それからぴしゃりと云う。 「婚前の男女が同じ部屋になんか泊まれません」 婚前?となんだか別のところに反応したトシは、頬をちょっと染めながら「まあ腐っても人様の家だしな」と踵をすり合わせる。それから俺をぎんと睨んだ。 「それにしてもこの女と同室なんて冗談じゃねえ」 風呂を借りて戻ってきたら、敷いた布団をこれでもかというほど離されていて、ちょっと勲傷ついた。 「えと」 「話かけてくんな」 にべもなく会話を拒絶され、唇を噛む。 目も合わさずにトシは言い捨てた。 「近藤さんが見てなかったらあんたのこと殺したいぐれぇなんだ」 そう云って布団をばさりと被る。 電気を消して、俺も布団に潜る。長いことしまいこまれていた布団の、樟脳の匂いを胸いっぱい吸い込む。耳を澄ませば部屋の端、こちらに背を向けるトシから、規則正しい呼気が聞こえてくる。 嫉妬丸出しの物言い。ほんとに俺を疎んじているような態度。むき出しのそれをぶつけられて、俺はだいぶ気がふさいでしまった。 トシは俺が好き。そんで俺が好きなお妙さんが嫌い。そんなら。 「間違えてんじゃねえよ」 口の中が苦々しい。 しんしんと夜は更けていくけれど、どうにも寝付けそうに無い。俺はごろりと仰向けになって天井を仰いだ。あーあ。これというのもあいつのせいだ。 「総悟め…」 ぼそりと呟くのとほぼ同時に、ガタンと天井の羽目板が落ちてきた。 「呼びましたかィ」 声にならない悲鳴を上げて、かけぶとんごと後退する。 すわお化けかと思いきや。天井からぶらりとぶら下がっているのは総悟だった。ご丁寧に忍者みたいなコスプレをしている。 「びびびびびっくりした」 早鐘のような心臓を押さえながら息を吐く。総悟はひらりと降りてきて、電気のヒモをひっぱった。それから懐から取り出した紙を広げて見せる。 「近藤さんの部屋にあった志村邸の見取り図が役に立ちました。これ便利ですねィ」 あ、それ俺がストーキングするときに作ったやつ。 手際よくたたむとまた懐に戻し、隣で寝息を立てるトシをつい、と指す。 「土方さん、元に戻して欲しいですか」 俺はうん、うんと節操なく頷いた。いくつも理由を並べ立てる。 「だって色々困るじゃん。トシがお妙さんを大将って仰いでたら仕事んなんねぇだろ。俺の言うこともきかないし、屯所にも帰らないし、だし、」 「だし?」 総悟の純真な目に促されて、俺は口ごもり、じき観念してうなだれた。あんまり認めたくないけど。 「・・・・・・俺のこと好きじゃないトシなんか厭だ」 ひどいこと云ってるな、と自分でも思うけれど、でもきっとこれが正直なところだ。 総悟はやれやれと肩をすくめた。 ライバルが共倒れして万々歳だと思ったんですけど。なんだかよくわからないことをぶつくさ呟いて、ぽんと膝を叩く。 「判りました。戻しやしょう」 「お願いします!」 深く頭を下げる俺に、総悟はまた件の本を、指を舐めてページを繰り出した。 「一、寝ぼけ眼のときは覿面に効くので狙うべし」 「トシィィ起きてェェ」 「ハイッ」 一連の儀式が終わり、ぱん、と高らかに総悟の手が鳴っても、トシは寝ぼけ眼のままだ。 不安に思って眼前で手を振り、遠慮がちに話しかける。 「トシ、くん…?」 低血圧のトシは焦点のいまいちあってない目で何度か瞬き、ぼんやりした声を出した。 「近藤さん?どこだ、ここ。屯所じゃねえ」 「わーよかった!」 がば、と抱きつけばトシは目を白黒させている。状況が良く飲み込めないのか、暫しきょろきょろしたあと、目が次第に輝きだす。 トシの腕が唐突に俺の背中に回った。 「だめだ、近藤さん、こんなところで!総悟も見てるのに!」 「え、え」 下半身はがっちり両足に絡めとられていて、全くセリフとあっていない。なにやらよくわからないが俺が情熱的に迫っていると解釈したらしい。 「ええ?ちょ、トシ、俺そういうつもりじゃ、」 総悟はちっとも動じず、腕を組んだままでこちらを見ている。 「どうぞご遠慮なく、続けて」 「続けてじゃない!ちょっと総悟見てないで助けて!」 「見せ付けてやろうぜ」 相変わらずトシには日本語通じてない。 「くーおーらー」 地を這うような低音に俺は肩をすくめた。 「ヒッ」 障子の向こうの影は身間違えようもない。 「何時だと思ってんだこのクソゴリラァ」 戸が横一文字に裂かれ、なぎなたを振り回す鬼神の如き姿はお妙さんだ。リーチの長いなぎなたが俺の頬をかすってたたみに突き刺さった。ひきつった悲鳴が喉から漏れる。 「トシ離してェェ」 「安心しろ、離れないぜ!」 腹にタガメの卵よろしくへばりつくトシを引きずりながら、なぎなたの軌道を紙一重で避ける。総悟の姿なんかとっくにない。 あー、もうちょっとあのままでもよかったかも、と思ったところで後の祭りだ。 091221 +++++++++++ (企画お題・『催眠術』『うっかり別の人を好きになっちゃうデンパな土方』) ご協力ありがとうございました!!^^ |