チャイルドプレイ・3



ガシャーンという破壊音に竦んだ瞬間、棒状の影が横切り、
目の前の身体が真横にぶっとんだ。
散乱するガラスと白目を剥いて昏倒する土方。
部屋の端には凶器と見られる、金属製のバットが転がっている。

「ト、トシィィィ!!」

「バッティングしてたらスッポ抜けちまいやした」
暢気に頭を掻きながら割れたガラス戸を引き土足で上がり込む沖田は、半泣きの近藤の目には入っていないようだった。
力任せに揺さぶるけれど、腕の中の身体はぴくりとも動かない。
「目を覚ませ、トシ、だ、誰か、」

救急車ァァァ、という悲痛な声が宿舎内にこだました。





覚醒して瞬いた。土方は自分に覆い被さるようになっている濃い人影に一瞬身を強張らせたが、すぐに近藤だと認識した。心配そうな顔でこちらを覗いている。
自分はどうしてこんなところに寝ているんだろう。すぐには状況が把握出来なかった。なんだか随分長い間眠っていたような気もする。
ゆっくり上体を起こす。頭に鈍痛を覚えて手を持っていくと、額に大仰に包帯が巻かれていた。

「だ、だいじょうぶか」
「ああ、悪い…」
起きあがる自分の背中を支えてくれる近藤に礼を言いながら、土方は近藤が自分を見る視線がどうもおかしいことに気付いた。伏していた自分を心配しているというだけじゃなく、何だかはれ物を扱うかのように自分の一挙一動を見守っている。
「ど、どうした?」
「ト、トシ…」
近藤は土方の名前を呼び、喉を鳴らして続けた。
「今幾つだ」
「は?歳?二十と、えーと」

「よかったぁあ」
答え終わらないうち、力一杯抱きすくめられて土方は面食らった。
「わー、なんだなんだ」
よかった、よかったと背中を叩く近藤に、わけもわからず身を委ねる。
抱きすくめる腕を息苦しく思ったけれど、突きはなす気にはなれなかった。


帰ってきたら一番に話をしようと思っていた。
近藤は土方の両肩を抱いて身体を離し、低く切り出した。

「なあ、お前の口からきかなきゃならねえことがあるんだ」
「なんだ、改まって」

つられて背筋を伸ばす土方に、近藤は握っていたものを目線の高さまで持ってきた。
「これ」
十一才の土方から渡された押し花。
「なんで、これ、あんたが…」
土方の頬に朱が走る。

「これをやったときと、お前の気持ちは変わらないか」
土方は俯いて眉根を思い切り寄せた。
着物の裾を握りしめる手は微かに震えている。
もうそれだけで答えを聞いたようなものだと思う。けれど土方の口から気持ちを聞きたかった。
近藤は辛抱強く、土方の言葉を待つ。

「、時間が、」
土方はわななく唇を弾くように開いた。
「変えてくれると思ってた、ずっと、そう思って、けど…」

「変わらないんだな」
穏やかな声に促され、土方は観念したように頷いた。

土方の背をそっと抱き寄せる。土方は近藤の鎖骨に額を押し当て、背を丸めた。
泣いているようだ。ひきつった嗚咽が小さく漏れる。
命を預ける頼もしい背中と思っていた。丸まった背中はこんなに細く、たよりなく揺れている。
胸が引きつれるように痛んで、近藤は腕に力を込めた。

「トシ、」
顎を取り、遠慮がちに唇を寄せると、睫が伏せられる。
深く重ねて舌を吸う。

「…だけ、でも」
「ん?」
「今だけでも、うれしい…」
「ばかやろ」
そんな淋しい事いうんじゃねえ。近藤は歯噛みをしたけれど、そのセリフを言わせているのはほかならぬ自分の今までの振る舞いなのだろう。
今まで飢えさせてきたぶん、ありったけの想いを注ぎ込んで満たしてやりたい。そう思った。


近藤はすうと息を吸って真正面から土方を見据えた。
「同情とか気の迷いじゃない。お前を抱きたい」
土方は信じられないと言うように瞬き、それから何度も首を縦に振った。

はだけた襟元に丁寧に落とされていく口づけを受け止めながら、土方は目尻から際限なく零れる涙を止められなかった。
身体は近藤の体温に高ぶり、強張っていたけれど、近藤に身を愛されているという事実だけで頭の中は沸騰しそうに滾っていた。


奥まった後腔は近藤の指を三本くわえこみ、潤滑の軟膏できちりと鳴る。
土方の負担にならないようにと続けた執拗な愛撫は、近藤本人をも追いつめていた。
「大丈夫か…」
荒い息の下から尋ねられ、土方は朦朧とした頭で返事をした。
「へ、き…だから、」
腰を押しつけるように動く、その慣れない誘い方に余計にあおられて、近藤は腿を抱え侵入を始めた。
指でさんざんならしたそこは柔らかくひくついていて、びっちりと近藤自身を取り込んでいく。

「…くうッ、」
歯を食いしばって挿入に耐えた土方は、圧迫感と充足感に今にも達してしまいそうだった。
中で締められ、近藤もたまらず音を上げる。
「力、抜け」
「ん、ッ」
前の器官をさすり、力が少し緩んだのを見計らって近藤はゆっくり注挿を始めた。
粘膜が立てる水音と、甘く掠れた嬌声に頭の芯が痺れていく。
「すき、…す、き、」
熱に浮かされたような舌足らずな声音は、昨日までの土方と変わりない。
近藤は口元を綻ばせ、唇を重ねるため肩を沈めた。





部屋のしきりに置かれた屏風の後ろで、山崎が声を潜めて沖田に囁く。
「隊長、俺たちいつまで息殺してりゃいいんでしょうか…」
「耐えろ、山崎、密偵だろィ」
アイマスクを装着した沖田はすでに寝る体勢に入っている。
山崎は部屋中に充満する桃色吐息に辟易して手の腹で耳を塞いだ。





「だから、トシは一週間くらい子供になってたんだってば」
「そんなバカなことがあるかよ!」
心底呆れたようにはねつけられ、並んで屯所の廊下を歩く近藤は困ったように唸った。
「総悟にボールぶつけられて寝込んでただけだろ、話作んなよ」
「でもこれ…」
近藤が差し出すよれよれの押し花に、土方は赤面して舌打ちした。
「あーも、全く、そんな恥ずかしいもんひっぱりだしてきやがって」
プライバシーの侵害じゃねえか、とひったくり、丁寧に制服の胸ポケットに仕舞う。
照れているだけで怒っているわけではなさそうだったが、近藤が土方の部屋を漁ったいう誤解は解きたかった。
「だってトシが…」
近藤が口を開きかけたところで、土方は耳元に吹きかけられる生暖かい吐息に飛び上がった。
「ギャアアア!」
不意を打たれた土方がしりもちをついて見上げると、自分の後ろを取っていたのは案の定な人物だった。
ハンディカムを片手にした沖田がニヤニヤしている。
耳元を抑え、腰を引きながら悪態をつく。
「ど、どっから涌いて出た、この…!」


「これでも信じねぇってんで?」
沖田はボタン操作をすると、しゃがんで画面を土方の顔近くまで持ってきた。
「ん、山崎…?」
画面の中で山崎はにこやかに自分に話しかける。
『トシくーん。オフロ入ろうねー』
「ぶッ」
土方は吹き出した。なんだその呼び名は?しかし画面の中の自分は無愛想ながら唯々諾々と着物を脱がされている。続いて頭をこつんとやられている場面。食事時にこぼして口元を拭われている場面。頭を撫でられている場面。膝枕で昼寝をしている場面。
ご丁寧に編集されたビデオは、土方の怒髪天を衝いてやまないような内容になっている。

「や、やまッ、」
土方は画面にかぶりつきで見入った。
カメラに立てられた指は怒りで白くなっている。


「あ、どこ行ってたんすか、早くしないと釜の飯なくなりますよ〜」
ヘラヘラしながら廊下を渡ってきた山崎に、場の雰囲気は一層重くなった。
背後に真っ暗なオーラをまとった土方、しれっとした沖田。近藤はどうフォローしたものかとおろおろしている。
「あれ?なんですかこの、冷たい、空気…」
ぎしりと音を立てて振り向いた土方の目にはこれ以上ないくらいの殺意が込められていた。
「え、え…何…」
この後、全治二ヶ月の重傷を負う事になる山崎は、とりあえずひきつった笑みを作って見せた。