八八二三(捌)


大きなヤマがひとつ終われば、また温いルーティーンに戻る。
シフト無視で動員していた隊士たちに交代で休みを与えているので、心なしか屯所のざわめきも小さい。新人に会釈を寄越されて、おう、とだけ返事をした。
日常は全てをかさぶたみたいに覆って、嘘の様になんともない。今では感慨もない。全てがそうなるべくしてそうなっていて、そしてそれは人知の及ばぬ何かに既に決められていたことだと、おれは今そんな気持ちでいる。

生垣に沿って裏手に回ったあたりに幹部の休憩室がある。
日当たりのいい縁側、いつもの定位置に転がっている隊服は、めずらしくアイマスクを外していた。視線がかち合ったのでそのまま数歩近寄る。
「したりって顔だな」

ぬかせ、と応えた、総悟の口元は緩んでいるので、
ああこいつは全てを知っているのだと思った。

手を汚さずもどこを押せば均衡が崩れるか、聡いこいつがわからないはずもない。
だれよりあのひとの子供でいたい、こいつだってとても正気じゃないのだ。






汗ばんだ肌をシーツに横たえる、火照った体に綿の質感が冷たく気持ちがいい。うつ伏せで呼気を整える。
襟足をかきあげる指に痺れた快感の芯が疼く。耐え切れずに吐息が漏れた。

意識には未だ濃い霧が立ち込めている。ぽかりとできた空白、ばかのひとつ覚えのようにおれは尋ねる。
「おれが、憎いか」

ああ、と短く近藤さんは応えた。伏せた瞼の底から、かれの口元が動くのを見遣る。
抱き寄せられて胸に頭を預ければ、安定した心音が力強く鼓膜を震わせた。
子供を寝付けるときのような穏やかな口調。

俺からお前以外のすべてを取り上げるお前が憎いよ、
世界で一番。

声は甘く、腹にじんと響く。
愛していると云われているのとどう違うのだろう、そんなことを思いながら、おれは奈落にも似た眠りにずるりと落ちる。




(了)
090523