チャイルドプレイ・1


『不幸な事故だったとしか言いようがない』
とは沖田の弁。



出先で連絡を受け、転がるような足取りで屯所に駆け込んできた近藤に、隊士の視線は冷めたものだった。
「トシは?!」
「私室ですけど…」
返答を背中で受け、スピードはそのままで奥まったところにある宿舎棟に向かう。
土方の私室の前には数人の隊士が雁首揃えて並んでいる。ただならぬ雰囲気に近藤はのどを引きつらせて叫んだ。
「ト、トシが倒れたって本当か?!」

「倒れたって言うか…」
「沖田隊長が…」
「金属バットで…」
隊士達は口々に呟いたが、襖に寄りかかり腕組みをする沖田が怖いので皆までは云えない。
『掃除の時間に沖田が野球をやろうと言い始め、隊士数人を集めてプレイボールと相成り、
怒鳴りながら斬り込んできた土方に対し、沖田が至近距離でデッドボールを喰らわせた』
というのが正確なところだ。

「局長、落ち着いてください」
肩で息をする近藤を宥めにかかったのは山崎だった。
近藤は布団の脇にへたへたと座り込み、土方を覗き込む。
「トシぃ…」
布団に横たわる土方は真っ白な顔色をしている。額に巻かれた包帯が痛々しい。
「容態はどうなんだ?」
真剣な表情で問われ、山崎は苦笑いを返す。
「頭を強く打ってますけど、外傷は大したことないんで」
いつも沖田の洒落にならないような攻撃を喰らって、それでもピンピンしている土方の事だ。山崎を始め、誰も本気で心配なんかしていない。深刻になっているのは騒ぎを起こすとき大概留守にしている近藤だけだ。

「すぐ意識も戻りやすよ」
傍らでガムを膨らませる沖田をたしなめるように近藤が口を開く。
「しかしだな…」
それを遮るように土方が呻いた。
「うう…」
「あ、ホラ気が付いたみたいですよ」
頭を押さえながらよろよろと身体を起こす。近藤はほっとした顔になって膝をつき、肩に手を置いた。
「よかった。トシ、災難だったな」

土方は近藤の顔を真っ正面から凝視して、ぱちぱちと瞬いた。
「ど、どうした?」
「いっちゃん?」
いっちゃん、というのは近藤の幼少の頃の呼び名だ。土方にはもう何年もそんなふうに呼ばれていない。
「お、おう」
戸惑いながらも頷く近藤に、土方は眉を寄せて首を傾げた。
「…いつのまにヒゲ伸ばしたんだ?それに、やたらフケてねえ?」

ごくり。のどぼとけが動く。
なにがどうなったのか。近藤は状況が飲み込めずに口をつぐんだ。
一方土方はきょろきょろと部屋を見回し、落ち着かない。
「ここどこ?」
隊士達を無遠慮に指さして聞く。
「誰?このオッサンたち」
仏頂面はいつものものだったが、どちらかというとふてくされた子供、のそれに近い。

近藤以下、周囲の人間は事態が把握出来ずに錯乱している。
山崎はうろたえながらも、今ここで冷静な判断ができるのは自分だけだと思い至り、頭をぶるりと振った。土方の口調、仕草、近藤をいっちゃんと呼ぶ。それらから推測するなら。
まさか、と思いながらも仮説を確かめようとにこやかな笑みを作る。
「あのね、お兄さんたちお巡りさんなんだよ」
バカにすんな、という罵声は飛んでこない。不審そうにこちらを見上げる土方に、山崎は確信を深めた。
「名前と、年、教えてくれるかな?」
土方は不機嫌な声で、ぼそりと答えた。

「ひじかたとうしろう。十一才」


「ウッソォォォォ!!」
一呼吸遅れて絶叫が走る。屯所の壁がびりびり震えた。






土方は鏡を見せられて不思議そうな顔をしたが、自分の身体が二十代半ばだということには納得したらしい。
しかしやることなすこと、完全に十一歳児のそれだ。普段とのあまりのギャップに、屯所内は一時阿鼻叫喚の様相を呈した。これ以上組内のメンタル的な混乱を招かないためにも、土方は暫く有休扱いで隊務から外す、ということが全会一致で決まったのはその晩の事だ。



「いっちゃん、どこいくの」
靴を履く近藤を見とがめ、土方が言った。
土方は四六時中隊服の裾を掴み、近藤の傍を離れたがらない。大の男が大の男に金魚の糞のごとくついて回るその様は少なからず滑稽だが、見ようによっては微笑ましいと云えなくもない。
「お仕事だ。トシはお留守番な」
近藤は困ったように笑って土方の髪をなでつける。土方は近藤の腕を取り駄々をこねた。
「なんで。おれ手伝えるよ。悪い人やっつける仕事なんだろ」
真選組の仕事内容を、土方は十一才の頭でそう理解しているようだ。
「なあ、おれだって闘えるよ、刀も振れるよ」
確かに土方は幼少の頃から剣の腕に長けていた。十一才の腕とはいえ、ヒラ隊士よりは数段上だろう。
しかしだからといって外に出すことはできない。真選組ブレーンの土方がこうなっていることを知られては一大事だ。土方の身をいたずらに危険にさらす事になってしまう。それに、右も左もわからないような年の子供に刀を握らすわけにはいかない。それは近藤の矜持であり、譲れないところだった。

「トシ」
低い声で呼ばれ、土方はびくりと肩を強張らせた。
「遊びじゃないんだ。わかるな」
近藤は素直に頷いた土方の頭を軽く叩いて、いいこだ、と相好を崩した。
土方はぼそぼそと、いってらっしゃい、と呟く。近藤は背中で手を振った。




山崎はたたきに佇む土方の丸まった背中を見て、ほんとに小さな子供のようだと思った。
「トシくん。お菓子食べましょう」
縁側から手招きをされ、ふくれっつらのまま山崎の隣に腰を下ろす。
一番早く土方の変容に適応した山崎が世話係を買って出て、近藤のいない間の子守をしている。
タバコは吸わない。酒も苦い、と顔をしかめる。マヨネーズの悪癖もさすがにこの年からあったわけではないらしく、のちのちのためを思って山崎は食卓からわざとマヨネーズをひっこめている。
味覚は全く子供のそれと一緒だ。刺激物は嫌いで、甘いものに目がない。

「練りきりですよ。好きでしょう」
出された皿から無言で菓子を掴む。
「こら。いただきますは?」
促せば小さくいただきます、という。山崎は顔が緩むの抑えられなかった。
当初はなかなか警戒心を解かなかった土方だが、根気よく世話をしたせいか山崎にもだいぶ慣れたようだ。懐かない子供を手なずけたときのくすぐったい気持ちと、その子供の外見が「あの」土方だという事実から来る優越感のようなものを噛み締め、山崎は急須を握る手を震わせた。

ひょい、と顔を出した沖田がからかうように歯を見せた。
「あーあ、ひでぇ顔してら」
口の周りにいっぱいあんこをつけた土方がふて腐れたようにそっぽをむく。
「心細いんですよ。ね」
山崎は土方の口元を手ふきでふいてやり、笑いかけた。
「知ってる人が近藤さんだけなんですもん」
「俺のことだって知ってるでしょーに」
土方が十一の時分なら沖田も近藤の道場に通っていたから、面識はあるはずだ。
「そうごはそんなにでっかくない」
警戒をとかない土方に、沖田は少し離れた所に座り、別にいいですけどねィ、と膝に肘を突いた。

「なあ、ヤマザキ」
少しさました湯飲みを与えられて、土方は山崎のほうに視線をやる。
「いっちゃんはいつ帰ってくるんだ?」
予定表が書かれたホワイトボードを思い出しながら、山崎は口元を掻いた。
「そんなに遅くはならないんじゃないですかね…お妙さんのとこに寄り道しなけりゃあ」
「お妙って誰?」
聞かれて、返答に詰まる。今の近藤にべったりの土方に、なんて説明したらいいものやら。
「…えーっと、」
言い淀む山崎に代わり、沖田がさらりと答えた。
「近藤さんの想い人でさ」
土方は目を丸くして、それから顔を真っ赤にして沖田に掴みかかった。
「ウソつくな!」
「ウソじゃねーよ」
山崎はぎょっとして土方を止めに入る。内心であちゃあ、と額に手を当てた。

「いっちゃんが好きなのはおれだもん、大人になったらおれがおよめさんになるんだもん!」
沖田は、は、と短く息を吐いて嗤った。
「アンタもうとっくに大人ですぜ」
胸板をとん、と叩かれて土方は沖田の襟首から手を離した。腕はだらりと脇に下がる。顔にはありありと動揺の色が浮かんでいる。
「まだ苗字は土方でさ、おかしいねィ?」
「隊長、子供相手にそんないい方…」
大人げないですよ、と咎める山崎にも構わず、沖田は挑発するようにとぼけた口調で言った。
「ウソかほんとか、近藤さんに聞いてみたらいいんじゃねぇのかィ?」
土方はくちびるを切れるほど噛んで沖田を睨んだ。