溜息とメリークリスマス・1(コノハナ作品)


「ふー…」

庭を眺めながら、近藤が今日で28回目の溜息をついた。

「いい加減辛気くせェ息吐くのやめろ。空気が濁る」
「じゃあお前はバリアでも張ってろ、トシ」
「こないだやったら拗ねたのどこの誰だよ」

ポケットから煙草を抜き出し、一本引いて唇にくわえた。並ぶように隣に座り、同じように庭へと視線を向ける。

狭いながらも真選組には屯所があった。曲がりなりにも幕吏としての格好をつけようと、俺と近藤の二人で必死こいて作った居場所だ。人数が増えた今では手狭で暑苦しいことこの上ないが、それでもこうして並んで煙草を吸える場所がこの国の中にあるという事は悪くない事だと思える。

「なぁ、トシ。聞いてもいいか?」
「何だ、突然」
「いやあ、どれだけ考えてもなかなかいい物が浮かばなくてな。こういう事はお前の方が向いてるんじゃないかと思ったわけで」

もじもじと、どこか言いにくそうに近藤が俺の手元を見ている。顔が少し赤くなっていた。最近この男がこういう顔をする時の話の内容と言えば決まっていた。

「別に俺は女にモテてるわけじゃねぇって、何回言ったら分かるんですかぃ」
「フン。童貞を14で捨てた男が何を言う」
「な、俺それアンタに言ってないって」
「うーむ、沖田が俺に教えてくれたぞ。つい先日」
「沖田にも言ってねぇ!」
「思い出すなぁ。14歳の頃のトシと言えば、声変わりもまだでぴちぴちの美少年だった。あの頃は俺がもしこのまま一生女にモテなければお前を嫁にするということで何とか決着をつけようと思っていた気がする。いや多分そう誓った」
「勝手に誓うな」

ぽろり、と煙草の灰が地面に落ちる。

ふかすばかりでろくに肺に入れない煙。最初に教えてくれたのは近藤で、先にやめていったのも近藤だ。俺はあれからずっと、同じ銘柄の煙草を吸っている。吸い差しをもらったあの頃の味が、未だに忘れられずにいるからだ。

「それで、お妙さんへのプレゼントなんだが…」
「クリスマスだもんな」
「そうだ、トシ。クリスマスといえばらぶロマンス。俺にいいアイデアを授けてくれまいか」
「簡単だ。相手が欲しがってるモンをやりゃぁいい。でなければできるだけ高い物だな。女なんてその程度で機嫌が左右される生き物さ」
「お妙さんが欲しがってるものなぁ…」

眉間に深い深い皺を刻んで、腕組みをして唸っている。そんな格好を見るのは、こいつが女にうつつを抜かすたびにお馴染みの事だったが、今回ばかりは少し根が深いような気がした。

「あの女のどこがいいんだ」
「お妙さんはな、菩薩なんだ」
「菩薩?」

あの暴力的で恐ろしいまでの眼力を誇る女のどこが菩薩だ。そう言ってやりたかったが、まだ言いたいことがたくさんありそうな近藤の顔を見て俺は口を噤んだ。

「俺は毛深いだろう」
「そりゃホルモンの問題だ」

確かに近藤の体毛は濃い。ホルモンのせいなんだかどうだか知らないが、俺よりも早く声が変ったし、俺よりも早く股間に毛が生えた。もちろん、俺よりガタイはいいし、俺より骨格まで丈夫ときている。

「男らしいって、言ってくれたんだ」
「はぁ。そりゃぁ結構な事で」
「ケツ毛だぞ」
「ケツがどうした」
「俺がケツ毛だるまでも、ケツ毛ごと愛してくれるって言ってくれたんだ!」
「……商売女の言葉に、未だに騙されてんですかあんたって人は」

燃え尽きた煙草がフィルターを焦がす匂いがした。地面に吐き捨て、新しいものをまたくわえる。足を緩く組むと、さほど高くない塀の向うに視線を向けた。向いの酒屋はこの時期になるとクリスマスツリーを店の前に置く。それが夕方を過ぎると光り出し、店が閉店するまで屯所の壁を照らしているのだ。

「馬鹿だな、トシ。俺もそこまで若くない。ただ、あの人はそういう性分なんだ。例え今は俺のことなんぞ何とも思っていなくとも、それが惚れた相手にかわればそこまで慈しんで愛してくれる女だ」
「確かに芯が強そうではある」

強いのは芯だけでなく、腕っ節も気性もだろうが、あえて俺はそれ以上何も言わずに煙草の先をマッチの火で赤く焦がした。

「……山崎でも使えばいい」
「トシ?」
「得意分野だろう、奴には。理由は適当に俺がでっちあげておくから、あんたは報告だけ聞いて動くことだ。もっとも、俺ができるのはそこまでだが」

毎度の事だが、俺は自分を無類のお人好しだと自覚して自嘲した。

ケツ毛が何だ。菩薩が何だ。俺は別に近藤が毛深かろうが、ケツ毛だるまだろうが、歯ぎしりもいびきも五月蠅い挙句に足も屁も臭いと分かっていながら側にいる。ガキの頃から、ずっと大将でいてほしくて馬鹿みたいに走り回っている。

「ありがとう」

嬉しそうな子供の顔で、近藤が笑った。
おっさんクサイ老けた面だが、俺はこの顔に浮かぶ笑顔に弱かった。子供の頃の刷り込みはあながち馬鹿にできない。

「礼なら、今年の冬のボーナスで返してもらおうか。松平のとっつぁんの所に行くんだろう。明日」
「分かってる。なんとか今年の冬も、みんな変らず越せるだけの物はもらえるよう頼んでくるさ」

そう言って近藤は、自室へと戻っていった。
俺は一人庭先に残され、その煙草が終わるまで空が暮れていくのを見ていた。
煙草の火が消え、もう二本吸ったところで壁の向うが明るくなる。
「灘屋」のツリーは、今年もクリスマス期間中、光り続けているのだろう。

「いいんですかい?あんなこと言っちゃって」
「…ほっとけ」

気がついたら背後に沖田が立っていた。相変わらず気配を悟らせない野郎だ。これで剣の腕が悪ければ迷わず山崎と同じ仕事をさせるところだが、如何せん随一の腕前なので戦列からはずせずにいる。本当は、今一番見たくない顔だった。

「協力してあげてもいいんですぜ?」
「何がだ」
「もちろん近藤さんが、失敗するようにでさぁ」
「放っといても失敗する男だぜ、あの人は」
「そりゃあそうですけど、万が一ってこともあるのがらぶロマンスの怖いところで」
「その下心は?」
「土方さんとしっぽり一晩」
「……切る」

鍔を切ったところで、背後に立っていた気配が消えた。
不気味な笑い声だけが廊下に響いている。
俺は舌打ちして、少し早めの夕食を食いに灘屋の三件隣の蕎麦屋「八雲」へと歩いていった。