雪の降りしきる中で、俺は近藤の腕を引い歩いていた。 これだけ騒がしい街になると、雪なんてものは大概敬遠されるものだが、今夜だけは街中が白い雪を歓迎していた。綿で作った雪が貼り付けられた街路樹に、本物の雪が白い化粧をしていく。 深夜を過ぎても、歌舞伎町に垂れ流されているクリスマスソングは止まる気配もない。道玄坂の角を曲がると、イメクラとキャバクラの派手な色彩に混じって天人好みの一風変わったラブホテルが目に入るようになる。このあたりは不法入国者の取り締まりで入管と組んで網を張ったことがあった。地理は頭に入っている。 「トシ、どこまで行くんだ」 近藤の問いかけには応えず、イメクラ長屋が並ぶ通りから一本奥の道へと逸れた。それだけで店の質は大分かわる。値段も多少安くなり、昔からの茶屋の風情を残した軒先に、女が座っている店もちらほらと残っていた。 雪の中を歩く男二人連れは、俺が近藤の腕を引いているせいか異質なものに見えるらしく、誰も声をかけてくる事はない。 女達の吐く息は白かったが、俺の息も近藤の息も白かった。上着は羽織っているものの、傘をさしているわけではない。肩や髪には雪が積もりはじめていた。肌を晒している顔と、腕がみるみる冷えていく。熱いのは、近藤の腕を握っている掌だけだ。 向かっている先は、何度か使った覚えのある店だった。料金も内装もそこそこ。気に入っていると言うより、店員の顔を見ずに部屋を選べるシステムが気楽でなんとなく必要に迫られた時は足がそこに向かう。まさか今夜、こんなことのために向かうはめになるとは思った事もなかった。 「…………」 「トシ?」 店が見えてきたところで、反射的に足が止まった。 「…戻ろう」 「どうした。財布でも忘れたのか」 「……るんだよ」 「何だって?」 「山崎が店の前にでミントンしてんだよ!!」 通い慣れた、地味なラブホテルの前で、サンタの格好をした山崎が吐息の白さも鮮やかにミントンをしている。 「はっ、はっ」 短い気合い。気の抜けたスイング。 そして山崎のミントンの相手は、サンタの格好をした沖田だった。 「本当に、ここなんですかね」 「ここです。間違いありません。遺留品と指紋、体液を何度か採取していますから」 「こういう時に頼りになる人は世の中そういませんぜ。いい仕事するなぁ」 のどかにミントンをしながら話している声が聞こえる。 何で邪魔をするんだ。 最初に脳裏をよぎった考えはそれだった。 こいつら、何が楽しくて俺のみっともないくらい勝ち目のない恋路を邪魔しようとするんだ。そこまで考えて、俺は自嘲気味に笑った。 みっともない俺を見て笑いたいのか、そうでなければ俺の必死さが面白いに違いない。いつものように殺意を覚える事はなかった。ただ、雪の中に残る足跡のような空しさが目の前を塞いだだけだ。笑われるだけの事をしている自覚はある。そして俺は、それを弁解する気も弁護する気もなくしていた。勝負を放棄しているわけではない。勝てる見込みのない勝負に、そもそも勝ちを望むことこそが最も愚かなのだと気がついただけの話だ。 ちらり、と沖田が俺の方を見た。明らかに二人は、少なくとも沖田は俺達の存在に気がついている。先回りをされたのだと知って、俺はくるりときびすを返した。俺は俺自身の愚かさを知ってはいたが、それを晒して笑いを取るほど落ちぶれてはいない。 「な、な、なんで沖田が」 「知るかよ」 口をぱくぱくしている近藤を引きずりながら、とにかく表通りへと戻った。ここで引き下がるわけにはいかない。そうだ、ここでチャンスを逃がしたら、俺は一生後悔する。どうせ近藤の事だ。一晩ぐっすり眠れば、落ち込みは持続するだろうが、俺にまで見限られるかもしれないなんてそんな馬鹿げた不安はすっきり消えてしまうに違いない。女にこっぴどく振られて、多少理性がおかしくなっている時間はそう長くない。そうでなくとも、出動がかかればじきに正気を取り戻すはずだ。 言わなくてもいい言い訳を山ほど口にしながら、二件目の店に向かう。今度は通りの外れの、店舗の二階がエントランスになっているビジネスホテル風の店のそれを選んだ。一斉不法入国取締操作の際、その店舗はガサ入れ対象にならなかった。それはそのまま、天人の使用率の低さを表している。 「…………」 しかしその店の前の階段にも、真っ赤なサンタの服を着た男たちがいた。 一瞬沖田かと身構えたが、そうではなかった。しかし知った顔ではある。 「……原田…、……藤堂…」 知っているはずだ。真選組の中でも腕利きで、つきあいもそれなりに長い。 まさかと思って背後を振り返ると、歌舞伎町のあちらこちらのサンタの服が混ざっていた。ほとんどは 風俗の呼び込みだが、顔がちらほらと混在している。 誰の差し金か気づいて、俺は愕然とした。 まさか、沖田と山崎がここまでやるとは思っていなかった。 大方、まじめな奴らにはこれが攘夷派を狩るための仕事だとでも吹き込んだのだろう。 さすがに近藤も事態がおかしいと気づいたのか、俺がつかんでいた腕を一瞬解こうかと迷う顔を見せた。まずい。近藤が正気に戻りかかっている。 「ここはまずい。他に行こう」 「行こうたって、どこに」 「…一つだけ、アテがある」 この調子だと、歌舞伎町の中でも、人が二人以上しけこめる場所には大概監視がついているだろう。場合によっては入国管理局まで情報操作で踊らせているかもしれない。俺に残された道は、徹底的に奴らの裏をかくことしかない。 要するに、俺が絶対に向かいそうもない、監視対象から外れた店に行けばいい。 考えつく場所は一つしかなかった。 |