続・溜息とメリークリスマス・1(コノハナ作品※未完)


人生最大のチャンスなんていうものは、案外簡単に転がってくるのかもしれない。

それがあまりにも簡単すぎて、きっと誰もが手を伸ばし損ねて見失うのだろう。

俺はその時偶然そのチャンスを掴み、運良く引き寄せる事ができた。多分そうなのだろうと思っている。

泣き崩れる近藤を宥めるのはいつもの事だったし、酔いつぶれた近藤の服を着替えさせるのもいつもの事だったが、襲いかかってくる近藤の相手をするのは人生二十余年の間生きてきて初めての経験だった。

「ちょ、ちょっと、近藤さ……あんた何考えて」
「もう俺にはトシしかいないんだ。分かってくれ」
「だから何だってこんな真似、わ、どこ触って」
「嫌か?」

半分涙が残ったままの顔で見上げながら聞いてくる。胸の上に頭を擦りつけるよう抱き縋ってくる体はやけに熱い。酒と涙の熱さだけではない、異様な気配を感じて、俺は近藤の耳を掴んで引っぱった。

「おい、夕飯何食った」
「鍋」
「鍋ぇ……?具は何だ。言え、コラ」
「スッポン。痛い。トシ、耳が千切れたらお前責任取って全身に経を書かけよ」
「順番逆だろーが。いいから何だってそんなモン…」

スッポン。よりにもよってスッポン。何でそんなものを食べたのか、近藤の口から聞く前に、恥ずかしそうに伏せられたその顔を見て勝手に思い当たってしまった。いい加減この男の考えが分かりすぎて嫌になる。

「いきなりベッドインかよ」
「いやぁ、その、はははは…。…………面目ない」
「ありゃあ俺の見立てじゃ生娘だと思うぜ」
「と、トシ?」
「そんな女にいきなりスッポン食ったアンタが襲いかかってどうするよ。殴られるに決まってんだろーが」
「違う。俺はちゃんと手順を踏んでだな。プレゼント、プロポーズ、それからホテルのつもりだった」

言っているうちに思い出したのか、また近藤の目に涙が浮かんでくる。
その最初の一手のプレゼントからして拒まれ、挙句に殴られ蹴られて摘みだされれば泣きたくもなるんだろう。近藤なら間違いなく泣出す状況だ。相手が惚れた女ならば特に。

くしゃくしゃに潰されたプレゼントの箱は、俺の部屋の隅にポツンと置かれていた。まだ中身は見ていないが、最初に指定したとおり女物の履き物だろう。どうせ俺がもらっても使うアテなどさらさらないが、捨ててしまうのも可愛そうなのでそこが置き場所になった。違う。俺がなんだか無性に、それが欲しくなったせいで強引にもらい受けたんだ。誰かにやる気持ちの欠片程度でもいいから、たまには触ってみたかった。

「ああ、だからもう泣くなよ。みっともねぇ」
「だって、トシ……俺…」
「…だからって、俺か?」
「こ、これで……と、しまで…っいなくなっら……俺…」

半分鳴き声で言葉が詰まって聞き取り辛い。それでも言いたい事はよく分かった。

剣道道場の跡取りとして他人の家にもらわれてきて、やっとこさ後を継いだと思ったら今度は天人の権力に負けて道場は閉鎖。残った人間をかき集めて真選組を立ち上げ、お上に認められるまでの間にどれだけの人間と別れて来たのか、俺はよく知っている。本当の意味でずっと側にいたのは、俺と沖田くらいしかいないのだ。

「あんたの言いたい事はよく分かった」
「……トシ」
「なあ、でも何で抱くんだ。そんなことしなくても、俺はずっと近藤さんの側にいるぜ」

訊ねる声が震えた。情けない。これが本当に鬼副長と言われた俺の声か。

「分からん」
「…そうか。…ま、そういうもんだよな」
「いいのか」
「分かってねぇな。アンタが本気でそう言うなら、俺に否はねぇ。そうだろ」

分かり切った事を口にしながら、俺はその時、体まで震えるのを堪えきれなかった。

どうしてこうなったのか多分、近藤は本当に分かっていない。単純に体だけが性欲に押されて先走っているだけかもしれないし、心のどこかで欠片くらいは俺の事をそういう意味で好いていてくれるのかもしれない。

どちらにしろこのチャンスを逃がすつもりは俺にはなかった。
後で後悔する、という思考も頭を過ぎったが、剣先をちらつかせて一般市民を黙らせる案配でうまく誤魔化す。

さすがにそろそろ俺も限界だ。
できるなら一発、もっとできるならもちろんそれ以上やってしまいたい。
近藤が弱っている時につけこむような真似だと分かっていたが、俺も強かに酔っていた。
この男の体温や、間近で嗅ぐ体臭はどんなものか、知りたくてたまらない。欲求に負けて、懇願に頷いた。
もとに戻れなくなるとか、永久に離れる可能性もあるのだという事も承知の上で、近藤と寝たいと心底思った。

「やるなら、さっさとやっちまおう」

努めて冷静を装ったが、布団を押入から引っぱり出すという行為もなかなかうまくいかない。舌打ちして手を奥に突っ込むと、ぞわりとするような感触があった。

「わあああっ」
「ど、どうした」
「いや、何か中に」

押入の中に何かいる。
そう思ってもう一度、おそるおそる手をつっこむと今度は布団の中に隠れている物体に行き当たった。体温があるところをみると動物だ。猫か?そう思って確かめようとしたところで、ぬるりとしたものが押しつけられた。継いで、吐息と、少し柔らかな何かが押しつけられる。

(土方さん)

その柔らかな何かが唇だとすぐに分かった。唇の動きがニタア、と笑みの形に歪む。布団の隙間から、猫か妖怪のように光る目が見えた。沖田だ。

バン、と音を立てるほど強く押入を締めると俺は近藤の腕を掴んで部屋を出た。

「とととと、とし?」
「ここじゃ場所が悪い。外行くぞ、外」
「雪の中で青姦したらいくら何でも風邪ひくぞ」
「阿呆、ラブホだ。ラブホ」

その言葉を大きな声で言いすぎたのかもしれない。努めて声は殺していたが、その時俺は天から振ってきた大きすぎるクリスマスプレゼントに浮かれて、少々注意力散漫になっていた事は否めない。乱した隊服を隠すよう二人で慌ててコートを着込み、ブーツを引っかけるようにして外に出た。降り続いていた雪は、地面を白く染めていく。深夜だからだろう。まだ足跡一つない。

白い息を吐きながら、俺は近藤を連れて屯所を後にした。こうなったら意地でもプレゼントを掴みとるつもりになっていた。