ごじつだん


「ふ、」
自分の声が甘えたように響くのが恥ずかしくて、でもそれに煽られるように夢中で近藤さんの服の腕のあたりを握る。背中に近藤さんの手が回って、なだめるように撫でるそれがだんだんと背骨を降りてくる。尾てい骨に至って俺は興奮で首を竦めた。

がたん、という音に、我に返って身体を離す。ぎこちなく手を外して、先に腰を上げたのは近藤さんだった。

リビングに至るドアの先で、うにゃうにゃいう総悟の声。
「どうした?総悟」
一緒に寝ようか、と近藤さんが言いだすまで、あいつはきっと譲らない。

まただ。俺は襟元のボタンを閉めて、苦々しい気持ちで舌を打つ。
俺の気持ちに近藤さんが応えてくれて、早ひと月半。彼の仕事は忙しいし、うちで会うときはいつも総悟がいるしで、キスより先のことはまだできていない。俺も彼もいい大人だってのに。いい加減、そういうことに、なりたいのだけども。

たぶん総悟はわかって邪魔をしている。いや、小学生にどこまでわかっているかは疑問だが、たぶん仲間外れにされているような気がするのだと思う。
想いが通じて以来、研究室のやつらにまで気持ち悪いと言われるぐらい顔に出てしまっていたらしい。そういうことには聡い総悟が気付かないわけもない。




『明日の午後暇?』
それだけ書かれたメールを受け取って、俺は目を瞠った。普段特にアポイントもなしにうちに寄るのが常だったから。なんだろう、改まって。どぎまぎしながら、言葉を選んで返事を打つ。
『時間取れるぜ。何?』
送信ボタンを押して、返信までの間が酷く長く感じられる。実際には十分も経っていなかったはずだ。携帯が震えるのと同時に画面を開く。
『二人で会える?』
文面を追って、頭にさっと血が上る。湯気が出てしまいそうだ。


待ち合わせは、近藤さんの勤務する病院の最寄り駅。うちと病院の中間地点ぐらいに位置している。階段の脇に遠目に近藤さんを見つけて駆け寄った。
「おす」
「そ、総悟は、夕方まで児童館だから」
挨拶もそこそこに、俺は早口で言った。聞かれてもいないのに。近藤さんは、そっか、と踵を地面に擦っている。体一つ開けた距離で俺たちは視線を浮かしあう。近藤さんは周囲の雑音に飲み込まれてしまいそうなほど、掠れた声で尋ねてきた。
「おれんちで、いい?」
一も二もなく頷く。お互いどこかぎこちない距離をとって、並んで歩いた。



「お邪魔、します」
近藤さんの部屋に入るのは初めてだ。思わずきょろきょろと見渡してしまう。うちよりは少し狭めか。廊下にはずらりと本棚が並んでいて専門書の類がぎっしり詰め込まれている。通されたベッドのある部屋は、リネンを明るい緑や黄色で統一してあった。壁に貼ってあるアイドルかなんかのポスターに新鮮味を覚えつつ、ひとつひとつを観察する。彼を構成するものはみんな頭に焼き付けておきたい。

「トシ?」
挙動不審になってしまっていたらしく、お茶を入れてキッチンから戻ってきた近藤さんが訝しげに俺を呼んだ。慌てて近藤さんに向き直る。
目の前の座卓にふたつ、マグカップが置かれた。バナナがついていてかわいらしい。
「コーヒーでいいよな」
「お、おかまいなく」
視線だけで部屋の走査を続ける。男の一人暮らしにしては片付いているとはいえ、部屋の角には床から積み上げられた本の柱がいくつも並んでいる。表紙を見ても洋書らしくさっぱりわからない。
落ち着かない気持ちでマグカップを掴み、珈琲をすする。近藤さんも俺とは目をあわさないまま、ごほんと咳払いをひとつした。
「あのさ、トシ、」
「、なんだ?」
近藤さんは上体を後ろに倒し、ベッドの横のラックをごそごそと探った。
「これ、」
差し出された紙袋を受け取って、中身と近藤さんの顔を見比べて瞬く。
ピンクのかわいらしいラッピング、いかにもなかんじのチョコレートだ。ここにきて、俺は今日がバレンタインデーだったことを思い出した。とっさに言葉が出てこなくて口をぱくぱくさせる。
「え、なに、これ」
「見りゃわかるでしょ!」
そうだ、その通りだ。俺はどもりながら言った。
「あ、ああ、ありがとう、」
嬉しい。うれしくって顔がにやけてしまう。俺は近藤さんのほうへ上半身を傾けた。
「嬉しい、すげえ、」
頬を寄せればすぐに唇が合わせられる。ついばむようなキスをうっとりとして受ける。唇をずらし、思い切って首筋に噛み付くと、近藤さんが短く息を呑んだ。拒否されるのが怖くてそっと表情を伺うと、顔を真っ赤にした彼は俺の両肩をがしりと掴んだ。勢いに息をのむ。
「すまねえ、厭だったか」
「違う、そうじゃねえ」
近藤さんはぶるりと首を振って、あー、と顎を真上にそらした。
「あのさ、俺だって悩んだんだよ」
近藤さんはつっかえつっかえ言い募る。
「トシモテモテだしさ、俺こんなオッサン臭くてゴリラ先生とか呼ばれてるし、差し入れなんかだいたいバナナばっかで色モノ扱いだし。女性経験だってあんまないし、男性経験に至ってはゼロから、いざそういうことになったらトシにゲンメツされるんじゃないかとかそんなんばっかり」
近藤さんのせりふを聞いているうちに、体中から力が抜けていくようだった。馬鹿だ、あんたは。俺がどんな気持ちで。
「ヘタでもいい?」
この期に及んでそんなことを聞くものだから、俺は近藤さんの手を取って、思い切って自分の胸元に持って行った。
「あ、すげえ」
俺の、病気みたいに早い動悸を指先で感じて、近藤さんが唸るように言った。
「俺だって、余裕なんか、あるわけねえだろ」
俺は眉をひそめて、思い切り欲を込めて睨みつけてやった。



カーテンを引いて、ベッドに二人腰掛ける。

近藤さんがシャツを脱ぐのを、息を呑んで見守る。見事に盛り上がった筋肉に目がちかちかする。汗のにおいも相俟ってもうこれだけで熱くなってしまった自分の下半身が情けない。
自分のカッターシャツのボタンを開けた所でふと我に帰る。引き換えこんな色気もくそもない、俺の裸なんかで興奮してもらえるんだろうか。ポスターのアイドルと目が合ったら急に不安になった。
「どこ見てんの、」
拗ねたような近藤さんの声が聞こえたと思ったら、どさりと後ろへ押し倒された。押し付けられる唇を夢中で吸う。追い上げるような余裕のないキス、近藤さんの胴体に膝を割られて喉が鳴る。ああ俺はこれからこのひととセックスするんだ、そう思ったら思考が爆ぜそうだ。


下半身を探り合って、近藤さんのそれが芯を持っていることが嬉しくって、さらに俺のも高ぶってしまう。近藤さんの指に翻弄され、何度も出てしまいそうになってそのたび腰を捻って引いた。ぐちゃぐちゃに湿った近藤さんの指が、睾丸をたどって後ろへ伸びてきたところで、あ、と近藤さんが声を出した。
「ちょっと、まってね」
汗ばんだ肌が離れるのが名残惜しい。彼は息を荒げたまま、ベッドから身を乗り出してかばんの中を漁っている。
「なんかね、こういうの買ってきたんだけど」
そう云って彼が掲げたのはローションだった。こういうところに躊躇がないのがすごい。俺は気恥ずかしさで顔を覆いたくなった。もうどうにでもしてくれ、という気持ちで額に手の甲を持って行くと、近藤さんは神妙な声を出す。
「あ、いっこ確認ね、」
「な、に」
「俺が、トシに入れるんでいいんだよね」
今更。ずいぶん間の抜けた質問だと思う。
「う、うん」
俺は喉を引きつらせて頷いた。そりゃあひとつになれるんならどっちだっていいけど、彼に求められるのがわかるほうが嬉しい。それに、前戯も半ばで腰が砕けてしまっている俺にはどうにも入れるほうはできそうになかった。


「う、」
ローションまみれの近藤さんの指先が、俺の中をそろそろと探る。どんどん中が痺れて、自分の手の届かない何かになったみたいに蠢く。ここで彼と繋がるんだと思ったら途端に腰がずしりと重たくなった。
「んう、ふ、うう」
そうしてどれだけ経っただろう、
「くしょ、」
近藤さんが長く息をついた。ぐぶ、と音を立てて指が出て行くのに、どうかしたのかと重たい瞼を上げると、近藤さんの鼻先がすぐ近くまで下りてきていた。
「ごめん、入れたい、入れていい」
返事をする暇もなく、足が高く掲げられた。羞恥で反射的に強張ってしまったが、添えられた幹の熱に声が掠れた。
「ひゃ、」
粘膜がじりじりと、近藤さんの切っ先に合わせて押し広げられていく。入口のはりつめた痛みと、その先の得体のしれない疼きがこわい。
一番太いところが入った、と思った途端、近藤さんが腰を突き出した。残りが際まで入って、尻たぶに陰毛のざわついた感触がある。遅れて全身に走った衝撃に、俺は悲鳴じみた声を上げた。
「うぐ、ゥ、ああ」
熱い。焼けた鉄の杭みたいだと思う。そこから自分が溶けてしまうような、五感がみんな煮立っているような錯覚がする。肉体的な快感なのか脳内の麻薬物質がもたらす快感なのかわからない、頭と身体がどろどろになって、自分じゃなくなっていくような酷い快楽が俺を揺さぶる。

「あー、あア、あ」
近藤さんの荒い息に俺も追い詰められて、もう声を殺すことすらおぼつかずに、彼の身体にしがみついていた。





「ごめんな、遅くなって」
迎えに来た俺たち二人を見上げた総悟は、怪訝そうに眉を寄せた。職員の人にひとこと挨拶をして、近藤さんに手を引かれた総悟のところまで戻る。
「駅で偶然会ったんだ、な」
小学生相手に苦しい言い訳をする近藤さんを軽く睨む。このひとはほんとに駆け引きが上手くない。
総悟はふん、と鼻で笑った。それから俺の袖をぐいぐいと引く。何かと屈んで顔を寄せれば、総悟は俺の耳元にぼそりと呟いた。
「ひとり占めはさせねえかんな」
所詮相手は八歳児とは思いつつも、背中を厭な汗が伝う。どこまでわかっているんだか、食えねえやつ。

とりあえず、このチョコは総悟に見つからないうちに完食しなければ。俺はかばんの上に手を置いてそう固く誓った。