世間はクリスマスというやつで、どこもかしこも浮かれている。俺と言えば総悟とふたり、テレビをぼんやり見ながら買ってきたチキンをつまんでいる。 元より彼女なんて上等なものはいない。ミツバのことがずっとひっかかっていてひとりもまともに付き合えた女なんかいなかった。そのうえ今年は総悟というコブがいるのだから尚更だ。 鶏の脂でべたべたになった口の周りをふいてやるとむずがって総悟はそっぽを向いた。 「みっちゃんちはネズミーランド行くんだってさ」 「ばか、今の時期なんか行ったって激混みだろ」 こういうところはまだ子供だ。 「近藤さん、こねえかなぁ」 「今日は宿直だって言ってただろ。わがまま言うとケーキ出してやんねえぞ」 総悟がちぇ、と舌打ちしたのと同じタイミングで、ドアのチャイムが鳴った。 こんな夜になんだ。渋々こたつから抜け、ドアホンの画面をのぞいて俺は驚いた。 サンタの扮装をした近藤さんの登場で、総悟の仏頂面はすぐにふきとんだ。歓声をあげて抱きついて、近藤さん近藤さんというものだから、 「近藤チガウヨ、サンタさんでーすヨ」 近藤さんは変な外国人のまねをする。俺はつられて笑ってしまった。 ケーキを食べ、プレゼントをあけ、ボードゲームに付き合ってやって。十時を回ったころに総悟は騒ぎ疲れて寝てしまった。風呂に入れてないと気付いたが、まあ明日の朝でいいか。総悟をそっと隣の部屋へ運び、リビングに戻ってくると近藤さんが散らかしたものを掃除してくれていた。 キッチンから新しいゴミ袋を取ってきて開け、彼を手伝いながら改めて礼を言う。 「悪ぃな、こんなにしてもらって」 「気にすんなよー。俺、トシも総悟も大好きだし。一緒にいると楽しいから来てるんだよ」 総悟と並べられた自分の名前と、大好き、という形容に、複雑な気持ちになる。握ったゴミ袋ががしゃりと鳴った。 気付けば俺の顔を覗き込むような距離まで迫っていた近藤さんが、ふっと口角を上げた。 「今日は用意できなかったけど、トシにもなんかプレゼントやるよ。トシは何が欲しい?」 とびきりの笑顔に、心臓が鷲掴みにされたみたいになる。 あんたはなんでこんなに優しいんだ。あんたが誰にだって優しいのはわかってる。でも、こんなふうに甘やかされたら、俺が特別なんじゃないかと錯覚してしまう。 俺は左手で、近藤さんの衣装の袖、白くふわふわしたところを握りしめた。自分の指先が酷く冷たく震えているのが滑稽だった。 「どうした?トシ?」 俺はこんなに他人が欲しかったことはない。 ミツバのときだって俺は、タイミングの悪さや臆病さ、そういったものに負けて最後まで踏み込んでいけなかった。何もかもを擲ってまで欲しいという、こんな激しい衝動じゃない。 今この手を離したら世界が終ってしまうような、こんな気持ちになったことなんかない。 「あんたが欲しい、」 声がひきつって潰れる。 ふ、と彼が息をのんだのが聞こえた。 「それ、って、ど、ういう」 正面から近藤さんの、困ったような顔を見てしまって、俺は冷水を浴びせられたみたいな気分になった。だらりと腕から力が抜けて、ゴミ袋は足元に落ちた。 ああ、俺はなんてことを。 「トシ!」 俺は震える足で走り出した。崩れ落ちそうな膝を前へ前へと進める。早く彼のいないところへ逃げてしまいたかった。 これでおしまいだ。全部ぶち壊したのは俺だ。 ドアを開けて外に出ると、体中に貼りつく外気が刺すように冷たい。近藤さんが背後から追ってくるのがわかって、おれはエレベーターホールの反対側へ逃げた。 階段に踏み出した足が目測を誤って、落ちる、と思う。身を強張らせ目を固くつむると、バランスが崩れる直前に、腕が強い力で後ろへ引っ張られた。 「あっぶねえ、」 近藤さんの胸に抱きとめられて、一息ついた後、ぎこちなく身を引く。今、近藤さんが引っ張ってくれなければ確実に階段から落ちてしまっていただろう。俺は、どれだけ彼に迷惑をかけたら気が済むのか。心臓が口から出そうだ。 腕を取られて必死で顔をそらし、精一杯おどけたような声を出した。 「冗談だ、悪ぃ」 近藤さんは首を振った。声はたしなめるようだった。 「そんなん区別ぐらいつく」 沈黙が怖い。俺は涙が出ないように歯を食いしばる。 「気持ち悪い、だろ、俺、」 「やじゃねえ」 何を言われたか、一瞬わからなかった。逡巡ののち、ようやくそれが俺を拒むものじゃないと判って、がばと面を上げる。 「俺もそのケなんかねえつもりなんだけど、」 そう言って顎鬚を撫でる。それから照れくさそうにえくぼを見せた。 「トシとならやじゃない、よ」 俺には目を見開くことしかできない。瞬きも忘れていると、あー、と言いながら近藤さんが両腕をこちらへ差し出す。あれよという間に俺の身体は正面から彼に抱きしめられていた。 「こういう、ことでいいんだよな」 俺はもう頭が真っ白で、それでも首を縦に振った。 力強い腕と体温、サンタの衣装の樟脳の匂いすら俺の官能を焙る。もうちっとも寒くはなかった。 一応踊り場の、人目につきにくいところに移動はしたが、一旦抱きしめられたら離れがたくて、誰かに見られたらとも思うけれど、見せつけてやりたい気にすらなる。頭はてっぺんまでかっかしていて、もう何も考えられない。 肩口に顔を埋めたら、低くて舌っ足らずな声が出た。 「嬉しくて死にそう」 死ぬなよ、と声が笑って、後頭部を手が撫でる。 「トシのことかわいいとは思ってたけど、総悟とおんなじで、そういうかわいいじゃなかったんだけど、最初は」 「ん」 言葉の意味も正しく追えずに聞く。耳たぶまで熱い。 「あんな熱っぽい告白されたの生まれて初めてで、そんでちょっとグラっときたよ」 ああ、俺より前に、このひとに迫るやつがいなくてよかった。こんな奇跡みたいなことがあっていいんだろうか。もしいるのなら柄にもなく、神様に感謝したくなる。 そんなことを考えていたら、近所の教会からだろうか、風にのってかすかにクリスマスソングが聞こえてきた。 [了] 101225 |