きみと、いつまでも(伍)


ガラス窓の外、近藤さんがおれのために誂えた庭をぼんやり眺める。ししおどしの上下を見ていてどれぐらい経っただろう。
気づけばすっかり部屋は暗くなっていた。手元の報告書の文字も既に読み取れない。おれは机の上にばさりと放った。


注意力や勘や、研ぎ澄まされていた神経がどんどん使い物にならなくなっているのを感じる。
磨き抜かれていた刀のようだった肉体は、もうすっかりなまくらになっているのだろう。やせ細った肩を見下ろす。感慨がないわけじゃなかったけれど、おれの身体は近藤さんのためにあるのだから、彼にあわせて形を変えただけだ。

はじめのうちはかわるがわる見舞いに顔を出してくれた隊長連中も、様変わりしたおれに同情したのか足は遠のいた。総悟とは結局あれ以来顔を合わせてはいない。見限ったのか軽蔑したのか、どちらにしろ致し方のないことだと思う。
毎日決まった時間に書類や食事を持ってやってくる山崎以外、ここにはもうかれしかこない。

暇をもてあましているという感覚はない。来てくれるという確証があるのなら、かれをただ待つということは甘美ですらある。
籠の鳥という陳腐な表現を思い出して、おれはなんだか可笑しな気持ちになった。



一世一代の芝居を、
おれにしてはうまくやれたと思う。

あの日、あのまま殺されたところで構わなかった。
日々膨れ上がる嫉妬と、恋情と呼ぶのも憚られるような執着に、おれの精神は限界を迎えていた。もうこれ以上このひとのよき戦友、片腕でいられないと悟ったとき、この博打を思いついた。

引き抜きの話は嘘ではない。
あのとき、おれの申し出に対して、近藤さんが笑顔で送り出すのなら、そちらに移った後どこかの星で野垂れ死ねばいいと思った。近藤さんの傍にいない自分になど何の価値もない。自分を生かしてやろうとも思えない。

だから最後に、自分自身を人質にとって、
おれは彼が激昂することに賭けた。

そしてきっと、一番幸せな形でおれは報われたのだ。



ギィと鳴った戸のほうへゆっくり振り向く。
自分の意思に一歩遅れて体がついてきている、人形を操っているようなもどかしさ。なまりきったこの身体は、感覚がどこか遠い。

「トシ」
おれを呼ぶ近藤さんの声は優しい。鼓膜にじんと広がる、甘さにごくりと喉が上下する。
一歩一歩畳を鳴らして近づいてきた足音は、車椅子のすぐ後ろで止まった。大きな手が下りてきて俺の肩を包む。
触れ合ったところから伝わってくる着物ごしの体温で、襟足から全身に震えが広がっていく。

「いい子にしてたか」
問われて素直に頷く。見上げれば降りてきた唇を嬉々として受け止める。

腕を回そうと身体をよじれば、近藤さんは急かすなよ、と言いながらおれを車椅子から降ろしにかかった。
寝台の上まで運ばれ、そっと横たえられて期待に胸が膨らむ。
おれが嫌がっていないこと、それどころか抱きしめられて安堵を、身体を拓かれて幸福を、感じていることぐらい近藤さんは手に取るように判るはずだ。

近藤さんの本心はわからない。
かれの激情が、愛と呼べる類のものなのか、狂気と呼べる類のものなのか。どちらだって構わない。どちらだっておれには望外の幸せだ。
なけなしの罪悪感ならある。かれを、二人の絆をこんなに光のささない場所におとしてしまったのは紛れも無くおれなのだから。



近藤さんはおれの脚に唇を寄せ、醜くついた傷痕に舌を這わせる。かれにつけられたものだと思えば甘く疼く。体中がかれを待ち望んでざわめく。か細く喉がひきつる。見下ろす近藤さんの目が興奮でぎらつくのに、おれの頭は沸騰しそうになる。
かれが下着からあれを取り出す頃には、おれの身体はどろどろに熔けきっている。おれで欲情して屹立させた、怒張を見せ付けるように揺らされて、それであやうく達してしまいそうになった。
「うー、ん、ゥ、」
慣らされた身体はかれを易々と受け入れる。快楽に頭が灼ききれそうだ。

「こん、どうさん、」
おれの喉の紡ぐ限りの言葉はかれに捧げられる。

絶え絶えになまえを絞り出せば、近藤さんは見たことも無いぐらいやさしい顔で、
笑う。



【了】
2010010