局長室と副長室は他の部屋と距離を置き、宿舎棟の一番奥まったところにあって、何の用もなしに踏み込む人間は殆どいない。自分を除いては。 どうにも眠れそうになくて丑三つ時、近藤の部屋へ行くことにする。 彼女のことは砂を噛むような気持ちでずいぶん飲み下したと思う。それでもまだ、脳天を得体の知れない疼きが襲って一人では耐えかねる晩がある。 廊下の突き当たりが局長室だ。みしり、と長い、黒光りする床板が鳴る。 抜き足をするうちに、ふすまを二枚隔てて土方の押し殺したようなうめき声が漏れ聞こえたので、歩みを止めた。 いつものことだ。ただ土方の甘えたような声音に苛苛して、自分は続き間の戸を乱暴に引いた。 「総悟か」 ふすまの向こうから近藤の声が飛んでくる。 「へぇ」 返事をすれば、落ち着き払った語調で言った。 「じき終わる、待ってろ」 ひときわ喘ぎが上擦る。自分はぺたりとその場に腰を下ろした。 押し上げられる肉の軋み、衣音、水音、まぐわう粘膜。 耳をふさぐでもなく、自分は醒め切った頭で聞き分ける。 土方もこちらを気にする様子はない。一心不乱に快楽を追って躊躇わない。嗜虐をかきむしるような嬌声。浅ましい獣のようだ、と思う。 この関係をどちらが望んでいるかなどは明白で、そしてこれが『交歓』などではなく『調教』であることを、自分は本能的に理解している。 近藤が土方へだけ向けるまなざしの異質さに、自分は早々に気づいていた。最初は奴のことが誇らしいのかと思った。それで腹が立った。けれどそうではなかった。 このひとはまっすぐなだけのひとではない、というのを、知ったのはいつだったか。 せわしない呼吸が途切れ、土方が長く吠えたかと思うと、どさり、と上体が崩れる音。しゅ、と帯を締める衣擦れ。 間もなくふすまが開いた。行灯に照らされた近藤の額は薄く汗ばんでいたけれど、出稽古でもしてきたかのような、昼間と何も変わらない笑顔だった。 「終わったぞ」 招かれるまま部屋に入る。 真中に敷かれた布団には土方がつっぷしている。くるぶしがやけに白く見えた。こちらからは顔もうかがえない。うかがうつもりもない。 近藤が上掛けをかけても身じろぎもしないところをみると、たぶん寝入ってしまっているのだろう。 近藤はもうひと組布団を引き出してきて、無造作に並べて敷いた。それからぽんと脇を叩いて、おいで、と自分を誘う。素直に応じてもぐりこめば、近藤は腕を伸ばして枕元の行灯を消した。 鼻先を袷にすりよせると汗のにおいがする。 「おっさんくせえ」 はは、と近藤が笑う。ちっとも悪いと思っていなさそうな声音。 「ごめんな」 それでも顔をそむける気にはならない。 このむせかえるような近藤の生気は、却って自分を安心させてくれる。 自分にとって近藤とは正の、それから生の象徴で、それは多分永劫揺らぎは無い。あの深淵をのぞいた時から、その白が却って際立って見えるようになった。 ことりと額を鎖骨のあたりにうずめる。どくり、どくりと力強い鼓動がこちらにまで伝わる。それに呼吸を合わせるうちにだんだんとまどろんでくる。 霞のかかった意識に、囁くような声が問う。 「まだ俺を、盗られる気がするか」 ずいぶん遅れて頭で理解して、つぶれた視界で首を微かに横に振った。 そうだ、いつだかおれはそんなようなことをこのひとに聞いた。今なら分かる。あいつにこのひとを盗むなんてことができるわけがない。掠め取られて食べられたのはあいつのほうなのだ。 このひとのエゴの、最初で最後の犠牲になる、土方を羨ましいとは思わない。 それでも近藤のなかの、底のない闇に、まっさかさまに墜ちていける甘美は、どれほどのものだろうと思うのだ。 二人ぶんの呼気がだんだん耳から遠ざかっていく。そうして俺は眠りに落ちる。ここは夜の底、夜のしじま。 【了】200912 |