10円ノーフューチャー・4
ビニール袋を持たない両手は勢いよく身体の左右を掠める。 万事屋への足取りは怒っているようだった。 僕は怒っているのだろうか。でもそれも少し違う気がした。 銀さんはずるいと思う。 信じる事も 与える事も 変わる事も 怖がってろくにしないのに それで何かを手に入れようなんて虫がよすぎる。 僕は怒っているんじゃない。多分哀れんでいるんだ。 銀さんのことと僕のこと、こんなにどうしようもない僕らのことを。 万事屋の電気はやっぱり付いていなかった。 鍵がかかっていなかったけれど、銀さんはいるような予感がした。 だから僕はわざとただいまを云わずに扉を開いた。 室内は薄暗い。居間の方からぶしゅん、とくしゃみの音がした。 居眠りでもしてたんだろう。今のくしゃみで目を覚ました、大方そんなところだろう。 ガラリと次の戸を引く。 「おかえんなさい」 銀さんの声はいつもみたく覇気がなかったから、 僕はただいまを云う気になれなかった。そんなもの喉でかみ殺した。 僕は電気を付けずに机のところまで歩いていった。 僕のずかずかいう足音にも眉一つ動かず、銀さんは机に肘を突いてる。 机の上には白っぽい塊。 近寄ってみるとどうやら書類封筒みたいだ。それが巾着みたいな形になってる。 中になにかごつごつした重そうなものが入ってる。 「なんですか、これ」 「10円玉。多分いちまんえんはあるよ」 銀さんは怠そうに背もたれに背中を預けて瞬いた。 「前払いってできるよな?」 僕は眉を寄せたまま、 はぁ、と気のない相槌を打った。 これがなくなるまででいいからさ、ぼやけた声で銀さんは続けた。 「商売すんのオレだけにしろよ」 ああバカだ、このひとバカだ。 そう思ったけど口からは笑ったような声が漏れていた。 「いいですよ」 それであんたが楽になるなら。それであんたと僕を縛れるなら。 確かなものが何もない僕らが、この重さの分だけ繋がっていられるなら。 これが未来を怖がるあんたの精一杯の約束ならば。 その茶番につきあってやってもいい。 頬が軽く歪んだのが判って、ああ僕もまだまだガキだな、と思った。 それから机の上の袋をひったくった。 右手の筋肉をみんな伸ばしてずしりとぶら下がったそれは考えたよりずっと重くて 顎を上げて笑ったら薄暗がりの中で銀さんもへらっと口元を緩めた。 あんたにしちゃ上等じゃないスか、ねぇ。 ティッシュを丸めて部屋の隅のゴミ箱に放る。一個外して僕は舌打ちした。 天井すれすれに飛んできたやつが今度はど真ん中に入る。 振り返ったらホールインワン、と銀さんがニヤけた。 このひとのこういうところが嫌いだ。僕は歯を剥いて見せた。 「なァ新八」 またジッパーが開いてる。返事の代わりにジリっと上げる。 「10円あと何枚残ってる」 あれからいつも銀さんはこう聞く。だから僕はいつもこう答える事にしてる。 「さぁね」 数えてるわけないでしょう。 聞こえるか聞こえないかギリギリの音量で呟いて、銀さんが聞き返してくる前に僕は腰を上げた。 僕らが握りしめてるものがどんなにみじめでも、縋るものがどんなに頼りなくても、 たとえごまかしてきたものがいつか全部ひっくり返るとしても、 もう僕は僕らを哀れだとは思わない。 肩で風を切って、台所までの5歩を駆け抜けた。 |