10円ノーフューチャー・1
| ほこりっぽい裏路地は昼間でも薄暗くて、変にじめじめしている。 パチンコ屋とストリップ劇場の裏の、人がひとりやっと通れるくらいの狭い路地。 空は小さくてはるか頭上にかすんでいて、今の僕にはお似合いだと思った。 湿ったダンボールに申し訳程度に膝をついて男の性器を口に含んでいる。 お天道さまに顔向けできないとはよく言ったものだ。 パチンコ屋の店内放送が壁越しに低く聞こえて、僕は意識をそっちに逃がした。 のどの奥に突き立てられるそれ。衝撃を口蓋で和らげる。 吐き気のやりすごし方も筋肉の使い方も覚えた。 汗と尿とぬめりと、あと肉の味がする。僕はこれが嫌いじゃない。 抑えた太ももと、怒張が舌の腹でびくりとした。限界が近い。 締め上げるように奥を窄める。じきに噴出す粘液を思って、軽く口を引く。 鈴口を吸い上げながらちらりと見上げる。 名前も知らないおっさんは思いっきり眉間に力を入れていて この瞬間の男の顔ってなんでこんなに間抜けなんだろうと思った。 僕もこんな顔するのかなぁ。厭だなぁ。 「ご苦労様」 萎えたそれを下帯にしまいながら、下品な笑顔でおっさんは云った。 「はい、これお駄賃」 「…どーも」 ホテルじゃなく路地裏で済まそうとするあたりあんまり羽振りはよさそうにないと思っていたけれど、 渡された紙幣がピン札だったから僕はなんだか吹き出したくなった。 「また頼むね」 おっさんが背中を向けて手を振る。 こういうときみんな振り向かない。うしろめたいから絶対に振り向いたりしない。 だから僕は大げさに顔をしかめて、飲み込みきれなかった精液を吐き捨てた。 「ただいまぁ」 習慣になってしまったただいま。よくよく考えたらここは僕の家じゃないのにおかしな話だ。 そう思ったら語尾が小さくなった。万事屋の戸を引く。 鍵がかかってないのに、中の明かりは付いていない。 誰もいないみたいだ。盗まれて困るようなものなんて何もないけど、無用心極まりない。 神楽ちゃんは僕が出る前に遊びに行くのを見送ったけど、銀さんも出かけたんだろうか。 「またパチンコかな、しょうがないなぁ」 ぶつぶつ云いながら居間のドアを開くと、薄暗がりに人の気配がしたからぎょっとした。 背筋が伸びる。 「新八、ちょっとそこ座んなさい」 いすがキイと音を立てて回って、腕を組んだ銀さんが云った。 頑固親父でも気取っているんだろうか。 口元を歪めてはいるけれどちっとも貫禄が出てない。 「はぁ」 僕はパチンと部屋の電気をつけて答えた。 トイレットペーパーを部屋の隅に置いて、ソファの端に腰掛ける。 向かい合う形になると、銀さんはしかめっ面のままで云った。 「オマエどこ行ってたの」 「近所ですけど」 「二丁目のパチンコ屋の裏じゃねぇの」 「そうですけど」 しれっと答えた。 見られてたのか。あそこは人通りが少ないから大丈夫だと思ってた。 別に銀さんにばれたところで痛くも痒くもないけど。 「ちんこしゃぶってただろ」 「ちんこしゃぶってました」 ああ、でも姉上にバラされるのは困るな。 ぼんやりそう思ったけどいまさら慌てて見せても仕方ないだろう。 「それがどうかしました?」 開き直ったように云う。さすがに少し怯んだようだ。 「どうかって…そりゃいい気分じゃねぇよ」 うろたえたように組んでいた腕を解く。 考えあぐねたような沈黙があって、ようやく言葉が投げられる。 「神楽が同じことやってたらどうだ」 「殴ってでもやめさせます」 「自分は棚上げかよ」 「僕男ですから」 別に罪悪感がまったくないわけじゃない。 女の子だったらかわいそうだと思う。 まだ分別も付かないのに、そんな方法しか選べないなんて可哀想だと思う。 身近な人だったら何をしてでもやめさせる。自分を大事にしてほしいと思う。 でも僕は男だから別にかわいそうじゃない。 男だから貞操とかそういうのも関係ないし、妊娠するわけでもないし、 肉体労働の類だと思えばいい。そう割り切ってる。 実際親衛隊だのなんだのでお金はかかる。これがいちばん割がいい。 じっと僕を見る目が、先を促すようだったから、なんだかムカムカして吐くように云った。 「好きでやってるんですから口挟まないでくださいよ」 何をやっても下手糞とか、役立たずとか、人間以下って言われた僕が、 初めて上手だって、最高だって褒めてもらえたんだ。 最初はお世辞だったかもしれないけどもう何人も客がついてる。ちょっとは顔も売れた。 最初からあんまり抵抗なかったし、慣れたらちゃんと気持ちいい。 「きっと向いてるんですよ、僕」 わざと蓮っ葉に云う。僕に純真な子供を期待してるなら諦めてほしい。 また沈黙。 僕は口の中で唇をぐるりと舌でなぞって、机に突いた銀さんの肘の辺りを睨んでいた。 「で、いくら?」 唐突に云われて、びっくりして顔を上げた。 目が合って二度瞬きをしたけれど、いつものあの表情の読めない顔のままだった。 撤回する気はないらしい。 なに考えてんだ、このひと。と思ったけれど僕もたいがい頭が悪いから、 ここで引き下がったら負けだと思った。 「10円でいいですよ」 とっさに出たその金額は何の計算もしてなくて、よく考えたらふつうにふっかけてもよかったんだけど 銀さんだし10円でいいか、って気分だった。そのときはほんとに何にも考えてなかった。 理由とか、意味とか、間違えてるとか正しいとか。 間もなく机の上に出しっぱなしだった10円玉が飛んできて、顔の横で受け取って、 僕らは複雑な顔をしたまま目交いをつめた。 |