ロングロング・グッドバイ(前)





さよならだけが人生だ、なんて、
そんなこと云われなくたって知ってる。




珍しく神楽の実家から電話が掛かってきて俺が取り次いだら、
なんだか親父さんが大けがしたとかで、あんまり気楽に構えていられない容態だそうで、
受話器を置いた神楽は真っ青になっていた。

何はともあれ行ってやれ、と俺と新八は慌てて神楽の肩を支えてやって、
俺はない貯金をひっくり返したり婆さんに頼み込んだりして交通費を捻出して、
新八は風呂敷に酢昆布をいっぱいつめてやって、その間も大丈夫だから、大丈夫だからと励ます事も忘れなかった。


出立の朝神楽は泣いた。子供らしく声を上げて喚いた。
父親のことで不安もあっただろうし、そして今故郷に帰ってしまえばおいそれと戻って来れないということを悟ったからだろう。
神楽は、淋しくないの、銀ちゃんあたしが居なくなっても淋しくないの、
そう言って俺の胸をどんどん叩いた。
涙を溜めて見上げてくる神楽の髪の毛を俺はわしわしと撫でて、あいつが辛くならないようにいつもと同じ顔で笑って見せた。俺にしては上手く笑えたと思った。


神楽はまださよならを言い慣れていないんだ。だって子供なんだから。
だから俺が云うべきだと思ったし、それが大人の役割だと思った。
あばよ、元気でな。そう云ってやった。新八もなんかそんなようなことを云って、
お妙はぎゅうと抱きしめて、しっかりね、と声を掛けた。

きっと戻ってくるからね、きっとヨ、きっとヨ。
神楽は最後の最後までさよならとは云わなかった。
搭乗ゲートで何度もこちらを振り返りながら人混みに消えていった。


あいつの乗った宇宙船を見送って、電車を乗り継いで、駅前の立ち食い蕎麦で新八と蕎麦をかっこんで万事屋に帰ってきても、
俺の胸はずっと、同じ力でどんどんと叩かれたままだった。





端切れの寄せ集めみたいな俺達だったけれど、確かにそこには連帯感とか仲間意識とか役割分担みたいなもんがきちんとあった。陳腐な物言いをすれば団欒と呼ぶのに近い物すらあった。

そのままごとみたいな場所は嘘みたいに居心地が良かった。
護るものが、護らせてくれるものがあって、バカやって軽口言い合って笑いあって、
そしてそれが明日も明後日もずっと続くような安心感があった。怯える事も忘れるくらいの安心感があったんだ。

ずっと続くわけなんかないのに。さよならだけが人生なのに。
俺は何を錯覚してたんだろう。





定春に飯を食わせて、所在なげに茶を二杯ほど飲むと、
「今日は泊まってきますね」
新八は頼りなさそうに笑ってそう言った。
取り繕ったり強がったりするようなこともしなかった。そういう笑い方だった。

それとも俺が心細いからそう思えるのか。
心細い俺と心細いこいつが一緒にいたら、乗算的にどうしようもなく心細くなってしまうような気がして厭だったけれど、いいから帰れというのも大人げないと思ったから、おう、とだけ応えた。


俺達は俺の部屋に敷きっぱなしになっていた布団にひっついて入った。
もう一組敷くのが面倒くさかったし、心理的なもんもあったかもしれない。

感傷的になるのなんて厭なんだ。ほんとに俺は感傷的になるのが嫌いだった。
ロマンチカはいいロマンチカは。ジャンプにも載ってる。そうじゃなくて、なんかあの、しんみりしたりどうしようもないことをどうしようもないねと肩を落としあったりするような、泣く事も笑う事も出来ないみたいなあの雰囲気が心底嫌いで、だから俺はそういうことを極力避けてきたのに。


もぞり、と収まりの悪い膝を揺らしたら新八が胸にぴたっとひっついてきた。
セックスでもしたら疲れて眠れるかも知れないと思ったけれど、とてもじゃないけど勃起しそうになかった。こいつもそういう気はないらしく、膝頭を揃えて縮こまっている。下半身は遠い。


甘ったるいシャンプーと、ほんの少し混ざった汗の匂いが鼻先で揺れて、俺はその嗅ぎ慣れた匂いに動揺した。嗅ぎ慣れてしまっているという事実にひどく動揺した。



別れは必ず来る。誰の上にも等しく来る。
今日の神楽なんかはまだいい方で、裏切ったり裏切られたり死んだり死なれたり
大事に思っていればいるほど理不尽なやり方で別れが来る。

仕方ねぇと諦めがつくような別れなんてない。
どんなに足掻いてもこればっかりはどうしようもないのだ。力じゃどうしようもないのだ。
いくら剣をぶん回しても詮無い。力ずくでどうにもならないから泣く。泣く事も出来ない大人はじゃあどうすればいい。


裏切ったり裏切られたり、死んだり死なれたり。こいつとの別れもそんなものなんだろうかと思ったら噎せそうになった。神楽に叩かれたところがまたばくばくしてきた。
淋しくないわけがない。

それでもさよならを云う方が 云われるよりはよっぽどましなんだ。
数え切れないセックスとキスと瞬きを交わしたこいつは、取り返しがつかない位近くに来てしまっている。


「起きてるか、新八」
新八は返事をせずについと面を上げた。
俺は喉を小さく鳴らして云った。

「万事屋、畳むか」



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