「この色はどう」
「ちょっとパー子には渋すぎよォ」
出勤前にお下がりをやると誘われて西郷ママの家。
鏡の前でとっかえひっかえ、もう半時は吟味している。

髪が白くてボリュームがあるので、黒など色の濃いものはどうしても浮いてしまう。淡い色のものと小花などの、かわいらしい印象のものならしっくりくる。
畳に所狭しと広げられたもののうち、結局四、五枚程度を選んで譲ってもらうことにした。着丈はずいぶん違うけれど、縮めれば着られるだろう。
「裾上げ自分で出来るのかい」
「ああ、新ちゃんに頼むわ」
こういうの得意だし。自慢げに云うとママはちょっと神妙な顔になった。
ラインストーンで飾られたけばけばしいシガレットケースを袂から取り出す。メンソールの紙巻はママの口元でいっそう華奢に見える。火をつけるために首を少しかしげ、たばこの隙間からくぐもった声で言った。
「あんた、あのことはどうなの」
「どうなのって」
声が喉でちょっとひっかかってしまうのが忌々しい。おれは早口で誤魔化した。
「ちょっとからかってるだけよォ。あんなおガキさまに本気のわけないじゃない」

まあ、いいけど。そう云ってスパーと吸い込む。紙巻のタバコの先が、一気に数ミリばかりも灰になる。
おれはなんだかばつが悪くて目を伏せ、意味のない乾いた笑いを口の端から漏らした。沈黙が気まずい。
「欲張るのはよしなよ」
ぎくりとして面を上げた。ママの横顔はふざけたものじゃなくて、

「どういうイミよ」
おれはそう返すのが精一杯だった。
オカマの美徳は耐えること。ママの口癖を思い出す。オンナに敵うのはそれだけなのだと、いつも口を酸っぱくしていた。
ママは灰皿に煙草を撫で付け、それ以上うんともすんとも言わずに部屋を出て行った。

一人残されておれは、欲張り、という言葉を反芻する。
そうだおれは欲張りなんだ。
おれはあいつの、一番のオトコと一番のオンナに、どちらにもなりたいんだ。そう思ったら同時に自分の中でこんがらがっていた糸のようなものがほどけたような気がした。
ほどけたところでそのどうしようもなさに愕然とした。





寝付けない夜中、トイレの帰りにふと気配を感じてそちらを見た。
ソファに横になっているのは新八。おれの着物を繕っている間に寝こけてしまったようだ。テーブルの上に待ち針がささりっぱなしの着物があった。いつでもいいって言ったのに。

おれはそばに膝を落とし、針が危ないので新八の手元からそっと縫い物を取り上げてテーブルの向こうへやった。ひしゃげそうな眼鏡もはずしてやる。
だんだん暗闇に目が慣れて、間近で観察すれば当たり前だけれど新八は新八だった。どこという特徴のないさえない少年。子供でも大人でもない、あやふやな輪郭の顔立ち。すうすうという健やかな寝息。あ、おでこににきび発見。
眠っている新八なら怖くなかった。怖くない、というのも変な話だけれど、二人でいるときの変な高揚や息苦しさのようなものがない、という意味。そうあの感覚は、怖い、にいちばん似ている。
そっと胸元に耳を近づける。とくりとくりと早い鼓動。

「僕、どっちですか」

寝ているとばかり思っていた胸が急に上下したので、おれは思い切り身体を仰け反らせた。
新八はあくびをひとつすると上体をむっくり起こす。
まあ、どっちでもいいですけど。
そう云った新八の口元の動きを眺めて、冷や汗に似たものが背筋を伝う。どっちでもいい。それは、どういう。わかってるんでしょ、と寄せられた新八の眉が云っていた。

おれは自分の着ているものを目の端で確かめる。これはじんべえ。男物。だからおれはオトコでいなきゃならないとそれだけ思った。もう頭はめちゃめちゃで、けれど新八の視線から逃れられそうになくて、こわばった瞬きをした。
そうしたら新八の腕が伸びてきておれの襟を掴んだ。ぐいと引き寄せられ、至近距離で息を感じてはもう成す術もない。
噛み付くような技巧もない、ああこれをキスと呼ぶのだった。





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090510