テカった鼻の頭にフェースパウダーをはたきつける。
くたびれた目の下には念入りに。小皺が目立つのがやんなっちゃう。
「そんなにはたいたってブスは治んねーよ」
「うっさいドブス」
やっぱり同じように粉をはたくマヨ子を鏡越しに睨みつけた。
もっとドブス、三国一のブス、ドブス日本一、じゃあアンタのがブスじゃん、声のトーンは低いまま暫し応酬が続く。

バサバサとうるさいマスカラの下から壁時計を見上げれば、もう五時を回っている。カンバンは四時ごろだったので、控え室にはもうおれたち以外誰もいない。
「新ちゃん遅いなァ」
ぼやけば隣でへっ、と下品な笑いが漏れた。
「あによォ」
頬を膨らませたらマヨ子が遠慮のない紫煙をこちらにふきかけてくる。
「年端もいかねぇガキを迎えに来させなくたって一人で帰れるだろ」
「なによそんな分厚い胸板しちゃって、あんたこそひとりで帰れるでしょこのズベタが」
「んだと、てめぇだって似たようなもんだろこの天パ」
首根っこをつかみ合いそうになったところで、
「あーもう喧嘩はよさんか」
ヅラ子がもうウンザリ、といった体で会話に割り込む。

はたと口を噤み、肩を跳ねさせたマヨ子がすごい勢いで立ち上がり椅子を蹴った。
「マヨ子、カレシ迎えに来たわよー」
西郷ママが声を張り上げるころにはもう扉のところまで走り抜けていた。ママの向こうにちらりと赤ら顔のゴリラが見える。
全く犬並みの嗅覚だ。ゴリラだから臭うのかも。二言三言交わして腕を取り歩き出す。マヨ子の高潮した頬がむかついてふいと視線を手元に戻した。戻した先の灰皿に転がった煙草の火は消えていない。火の始末くらいちゃんとしろ。舌打ちをひとつしてもみ消してやる。

オバQが『片付け終わりました』とプラカードを出してキッチンから顔を出す。
「それじゃパー子、俺も行くぞ」
手を振られておざなりに振り返した後で、なんだか一人で取り残されるのがさびしくなった。追いかけてドアのあたりまで出る。
ヅラ子たちを見送ってひょいと外を覗けば、道の向こうに黒髪が見えた。

ぞうりをざりざり云わせてこちらへ近づいた新八は遅れてごめんとも云わず、開口一番
「帰りますよ」
と眼鏡の蔓を上げた。




一歩外に出れば、未だ明けない朝の空気が冷たくきりりと頬を刺す。

こうして家までの徒歩二十分ちょいを並んで歩くのが常。
前を向いたままの新八はこちらを見ないので、おれは覗き込むようにして、今日あったことを細かに報告する。
「それでねそれでね、そのオヤジがウザイったらないのよォ」
客の愚痴、酒の話、同僚のオカマの化粧のノリなど。
「へェ」
新八は話を聞いているか聞いていないかギリギリのタイミングで相槌をよこす。

「ねーェ新ちゃん」
精一杯甘えた声を出せば、ため息と一緒に長く白い息を吐いた。
「なんすか」

「手ェつ・な・ご」
調子をつけて首を傾げてみせる。新八は眉だけ顰めて返した。
「やですよ」
「えー、なんでよォ」
ケチケチ、減るもんじゃないじゃない。しばしごねているうち、根負けしたのか真横にずいと腕を突き出された。たいていはこうして新八が折れて云うことを聞いてくれるんだ。

新八は車道の側を歩いてくれる。着物で歩幅の小さくなったおれに合わせて、ゆっくり歩いてくれる。
今だけおれは新八に大人気ないわがままがいえる。素面なら到底吐けないせりふが云える。
大事にされて優しくされてエスコートされて当たり前、という顔がしていられるのが嬉しい。


不景気続きで仕事がなく、最初は致し方なしに始めたオカマバーのバイト。
パー子を演じているうちにおれの中で育ってしまった、もうひとりのおれ。

パー子という非日常だからこそ、どんなにみっともないことも情けないこともできる。だってオカマだったらみっともないことも情けないことも折込み済みだから。

化粧を落として付け毛を取って着物を脱いだら、『銀さん』に戻ったら、
しれっとしてこいつのヒーローにならなきゃいけない。「銀さんすごい」と言わせる存在じゃなきゃならない。
もちろんそれが止めたいわけじゃないんだ。だから今だけ。



新八の節ばった手の関節のむこう、自分のマニキュアの剥げた爪が覗く。
まっすぐ前を見る新八の横顔。強情そうな目の色に、帯を強く締め付けられたみたいな気分になった。


綿菓子みたいに甘くてふわふわで、でもどこかほろ苦い。
魔法が解ける前のシンデレラってこんなかんじだったのかもと考えて、こんなシンデレラいねーよと自嘲する。だって左右は風俗店、ピンクの幟にはお下劣なキャッチフレーズが並んでいる。二丁目のシンデレラなんてギャグにしかならない。

じきに夜が明ける、だんだんと白み始める東の空に目を眇める。
この道がいつまでも続けばいいのに、詮無いことを思いながら、ばれないように少しだけ歩みを緩めた。





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090301