なんでこんなことになったのかがそもそもよくわからない。
俺はニコチンを肺にいっぱい吸い込んで眉間に皺を作った。朝日が目に沁みる。
眼下に広がるごみごみした江戸の街は当たり前だけれど昨日と全く変わらない。
肺がいぶられていく感触に少し落ち着きを取り戻して、改めて自分の下半身と、日に灼けた四畳半に広がる惨状を目の端で眺めた。

毛羽だった畳の上にはカップめんのカラとか煙草の箱のつぶれたのとかがごっそり。それらをかきわけるように敷かれた万年床の煎餅布団。ここまでは別に問題はない。問題は煎餅布団に転がるマッパの銀髪の男、だ。

昨日の夜赤のれんで見知った顔ととなり同士になって、埒のあかないグチにつきあって、足元がおぼつかなくなってからおれの下宿で飲み直して、
それでなんでかこんなことになったわけだ。おれもマッパだからコトに及んでしまったのは間違いない。あと腰に残るだるさと局部の鈍痛から、おれが女役だってことも明らかだった。
なんだってコイツとこんなことになっちゃったんだよ、一時のテンションに身を任せすぎだよ。
三十代も後半になって初めて見ちゃった新世界。全然心ときめかないけど。

「う、うー」
布団に埋まっていた銀髪が唸って肩がぴくんと揺れた。
「お、おす」
窓のサッシに左肘を突いたまま、ぎこちなく右腕を上げてみる。銀時はオハヨ、といいながらたるそうに身体を起こしてあぐらをかいた。
「アッタマガンガンする」
手の甲で目元を擦っているが、それ以上のリアクションはない。

「ちょっとちょっと、何の疑問もないわけ?」
痺れを切らしたおれが四つんばいで近づくと銀時はあくびをかみ殺した。
「なにが」
「だからさ、おれと銀さん…」
トランクスを履いただけのおれの下半身と、フルチンの銀時の下半身を遠慮がちに指さす。
「あー。そうね。やっちゃったね」
口調は拍子抜けするほどとぼけたものだった。
「やっちゃったね、って、お前人事みたいに…」
脱力して肩を落とすと、んー、といいながら口元に手を持っていく。
「まー長谷川さんとはいつかこーなるかもって予感あったし」
「はァ?」
思わず腰を引く。ずっとおれのケツ狙ってたってか?
「ぎぎぎ銀サンってそういう趣味だったわけェ?!」
腿だけで壁際まで後ずさると、銀時は慌てたようにどもった。
「ち、ちげーよ。なんか誤解すんなよ」
それからぶんぶんと胸の前で手を振って見せる。
「別にオッサンが好みとかそんなんじゃなくて、アレ、なんつーか」
しばらく唸ってから渋そうに云った。
「女じゃ勃たねーんだよ」
「…あんまり変わらない気がするんだけどソレ」
「つーか血の匂いがダメなの」
「?」
よく飲み込めずに首を捻る。
「血の匂い嗅ぐとね、萎えちゃうの」
銀時は言葉を換えて言い直したけれど、いわんとしていることがよく掴めなかった。ブルーデーのときのことでもいってるんだろうか?そりゃおれだってあの日におっぱじめようとは思わないけど。
とにかく、とおれはその場を仕切り直した。
「でもだからってこんなおっさん捕まえなくてもいいだろ」
銀時は拝借するともいわずに黙って床に散乱していた煙草の紙箱をつかんだ。
「だから成り行きだろ、成り行き」
成り行きでカマ掘られちゃたまんねーよ。なんでこいつこんなに飄々としてるんだ。
だいたいそこまで相手に困ってるわけでもないだろ。おれみたいにうだつのあがらない別居中三十代中年男性じゃあるまいし。
たしかにモテモテってかんじじゃあないけど浮いた話のひとつくらいはあった気がする。あ、そうそう、
「あの、ボインのくのいちの子いたじゃん、あのこは」
銀時は顔の前で手首のスナップをきかせてひらひら手を振った。
「ムリムリ、絶対勃たない」
女はただでさえ匂うのにさ。いいながら、灯をともさないよれた煙草を唇で上下に弄ぶ。
「すんごい人殺してるよ、あれ」
「そんなのわかるのか」
「わかるよ、オレ、ここが利くからさ」
鼻をつんつんと指してみせる。
血の匂いで萎える、の意味が朧気ながらにわかった。
「オレの周りそんなんばっかなんだよ。んで、消去法で長谷川さんなわけ」
たしかに、こいつの知り合いはみな血腥い連中ばかりだろう。テロリストに武装警察、夜兎族にゴリラ女じゃなぁ。でも、なにもおれを選ばなくったって。
「…他に選択肢はないのかよ」
「えーと、下のスナックのババァはイケる。アガってるから」
おれは絶句して喉の奥で喘いだ。そうか、おれとババァと二択か。確かにそうしたら、あるいは、いや、でも…
思考回路が袋小路にどんづまりそうになった瞬間、パッと頭に思い浮かんだ。
「あいつは、あいつ」
「誰」
「メガネ、いたじゃん、志村」
オレの口から名前を聞くと、銀時は急に唇を歪ませた。


ガキのお守りなんてやってられないんだよね、とわざとらしくため息を吐く。
「ああいうのが一番困んだよ」
「はあ」
「昨日話しただろ、迫られて困ってる、って。あいつのことだよ」
そういえば昨日、泥酔する前はずっとそんな内容のグチを聞いていた憶えがある。
くのいちの話か、ただの見栄かと思って聞いていたがあれは志村のことだったのか。
まさか志村だなんて思わなかった。まあ今更万事屋ホモだらけか、とかそんなことじゃ驚かないが。
「ちょっと甘い顔みせただけでさ、オレのことスキとかゆってくんの」


妙に饒舌な銀時に適当に相づちをうちながら、
おれは窓から紫煙を吐き続けた。
お前から見て志村がガキなら、おれから見てもお前はガキなんだよ。
そう思ったけれどこの年若い男を突き落とす気にはなれなかった。

おれって結局甘いのかな。ほだされてるんだろうか。そこまで考えてぞっとしないと思った。


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