HAKKOUTAI


テレビの光がちらちらとスタンの顔に映り込んで、それを僕は綺麗だと思った。赤や青や緑に薄く彼が発光しているみたいで、こんなに奇麗なものがこの世にいくつあるのだろうと、思えば瞼が重たくなる。

画面に映っているのは退屈なドキュメンタリーだった。スタンの指はたまにリモコンを拾い上げてはザッピングを繰り返す。
もうずいぶん前から二人ともテレビなんか見ていやしないのに、スタンの指がオフのボタンに伸びることはない。僕らの間に落ちる沈黙は時限爆弾みたいに僕らを追い詰めるから、だからこの低い雑音は必要なのだった。

僕は惰性で床に視線を這わせた。転がっている炭酸飲料の缶、プラスチックのフォーク、サラダの入っていたカップ。ピザはチーズが冷えてしまってもう食べられたものじゃない。僕はペーパーボックスにへばりついたオリーブをひと粒つまんだ。
スタンがゆっくりこちらに向けた目と目があったから、僕は指先についた油を舐めた。他意なんかないように、他意なんかなくても十二分にあけすけに見えるように。
「カイル、」
スタンの乾いた喉が小さく鳴った。
「ここ、ソースついてる」
「どこ」
「唇の端」
「ここ?」
「そこじゃない」
「わかんないよ」
僕らの声はエフェクターでもかけたみたいにぼんやりとしている。スタンの輪郭がテレビと僕との間をふと遮り、ゆっくりと上体をこちらに倒した。
唇が触れ合う直前にスタンは、仕方ないな、と言った。

そう。仕方ない。僕の口元についたソースを取るためにスタンが僕の唇を舐めるのは仕方がないことなんだ。

スタンの舌が僕の唇を気が遠くなるほどの鈍さで探って、それから歯列をなぞる。そうして僕たちは顎を開いて、注意深く粘膜をひとつにした。
スタンの舌は裏も表も、ソースの味なんかしなかった。そのぬるりとした温かさは僕の脳みそを麻痺させていく。

あのちゃちな言い訳はいったい誰のためのものなのだろう。いざ唇を合わせれば、僕らが何故あそこで必死に踏みとどまろうとしていたのか、まるでわからなくなってくる。僕らの唇はこんなにも、ひとつになるためにあるように思えるのに。

きつく目を瞑っても、テレビの光はまだ僕の網膜に映りこんで、ちかちかと視覚を惑わす。僕はスタンのなまあたたかい唾液を一心に啜った。お互いの荒い息が頬に当たる。スタンが腰をよじらせたのがわかった。

気が狂ったことにしてしまいたい。僕の気がほんとうに違ってしまえば、本能のままスタンに飛びかかって、どこもかしこも熔かしあうことが出来るのに。


20130603