「さあ」 生返事をしながら壁の時計に目をやる。さっきから時間が気になって仕方がない。向かいのソファに座るケニーは僕の視界の端で肩を竦めた。 「全くスタンがいないと、心ここにあらずってかんじだね」 別に取り繕う気もない。ぼんやりと視線だけ返すと、ケニーはコーヒーを啜る。 「スタン、バンドの練習だっけ」 僕は落ち着かなくて、折りたたみのウッドチェアに座りなおした。 「そう。遅いから、多分グルーピーの女の子たちに捕まってるんじゃないかな」 ケニーは、へえ、と意外そうな声を出した。 「そんなの好きにさせといちゃうの」 むっとして片頬を歪める。 「言っても聞かないんだ」 泣いても喚いても、怒鳴っても殴っても、一度鼻の骨を折ってやったことだってあるけれど、スタンは堪えなかった。むしろ僕に殴られて嬉しそうですらあった。自分の拳も痛むし、第一治療費も勿体ないから、僕は手を出すのをやめた。 「カイル潔癖症だから、浮気なんか許さないと思ってたけど」 だんだん苛々してきた。第三者から改めて言われると、僕が惨めみたいで、事実そうなのかもしれないけれど、でも。 「共依存ってやつだね」 淡々とした口調でわかったようなことを言うケニーに、そうかな、とだけ、僕は呟いた。病気や症状の名前をつけて安心する趣味は僕にはない。特に僕らの関係について、どこかの誰かに準えたりなんかしたくなかった。 「心配してくれてる?」 「まさか」 ケニーは邪気のない笑顔をこちらに向けた。 「お前らなんだかんだで表向きは上手く取り繕うだろ」 そう。 注意深く、慎重に、細心の注意を払いながら。クラスメイトや、女の子たち、スタンのフットボールのメンバー。お互いの両親。それぞれに望ましい理由づけを与えて、僕とスタンはお互いを永遠に傍に置くための外堀を埋めてきた。もうずっと長い間。 「上手くやるもんだなってずっと思ってたよ」 ケニーは空になったマグをこちらに遣した。僕は促されるまま席を立ち、すぐ脇のミニキッチンに移動する。インスタントのドリップコーヒーをキャビネットからつまみ、ティファールのスイッチを入れた。 ハイスクールを卒業して、僕らはデンバーの大学に進学した。寮には入らず、この狭いアパートをシェアしている。スタンはシニアハイの時に肩を故障してから、フットボールの代わりにインディーズのバンドでベースを弾いている。地元のフェスなんかにも参加して、そこそこ知名度はあるようだ。 ケニーは大学を一年目でドロップアウトしたけれど、女の子のアパートに転がりこんだりでサウスパークに帰るつもりはないらしい。こうしてよく僕らの部屋に冷やかしに来る。 マグを持って向き直れば、ケニーはテーブルに出しっぱなしにしていたスーパーの紙袋を探っていた。断りもなしにスナックを開けて、無遠慮に手をつっこんで食べ始める。でもそれはスタンのだから、僕は咎めもしなかった。いい気味だ。 口いっぱいにスナックを頬張りながら、ケニーは、まあさ、とくぐもった声で言う。 「中がどれだけ腐ってても、好きでやってるのならプレイと同じだし」 「流石経験豊富だと言うことが違うね」 ケニーに嫌味なんか通じない。彼はコーヒーを受け取るとウインクをよこした。 「僕はそういうこじらせたやつ嫌いなんだ。もっとフィジカルなやつがいい」 フィジカル、ねえ。僕は眉を上げて見せた。 「今度二人がファックしてるとこ撮らせてよ。金になりそう」 どこまでが冗談かわからなくて、僕はおかしくなった。 スタンのペニスを誰かに見せるのは厭だけど、ワールドワイドに彼は僕のものだって見せつけるアイディアは悪くないように思える。 「スタンがいいって言ったらね」 ケニーはけたけた笑って、オッケー、といつものトーンで親指を立てた。 『ハニーのうちの一人』からの呼び出しに応えて、ケニーが部屋を辞してほどなくして、聞きなれた足音が階段を上がってくるのに気づいた。 足音がドアの前で止まるのと、僕がドアを開けたのはほぼ同時だった。ギターケースを背負ったスタンはタンクトップ一枚で、眠たそうな目で僕を認めると割れた声で僕を呼んだ。 「カイル」 体格差に少しよろけながら、僕は覆いかぶさってきたスタンを支える。ギターケースは彼の肩から滑り落ちて床で音を立て、ドアは彼の背中で閉まった。 「おかえり」 スタンの汗のにおいに混ざって、安っぽい香水が鼻を衝く。判り切っていたことなのに脊髄反射で頭が真っ赤になる。怒りで強張る僕の身体にしがみついて、スタンは酒臭い息で、愛してる、と繰り返した。使い古されたその言葉が僕を強制的に降伏させるのにあまり時間はかからない。 鼻先にさらされたスタンの裸の肩には、僕の名前が刻まれている。ハートに矢が刺さっている酷く時代遅れでキッチュなデザインで、おおよそクールじゃない。 スタンがこのクレイジーなタトゥを入れて帰ってきたのは去年の夏だった。今日みたいにべろべろに酔っぱらって、その日は少し熱を出して僕を心配させた。 でも僕はこれを気に入っている。 こんな馬鹿げた、どうしようもない自棄が彼の身体に永遠に残るのかと思えばたまらない。 スタンの舌が僕の頬をねぶるのに任せて、僕はスタンの肩に手を回してそこの少しざらざらとした感触を楽しむ。 「しようぜ」 スタンに言い渡されれば簡単に僕の膝は崩れる。よろけた足元で後ずさり、二人でベッドに倒れ込んだ。 シャツを乱暴に剥くと、スタンは僕の首筋にマーキングを始める。消える前に上書きをするように、執拗に歯を立てる。だから僕はいつだって襟元のあいた服を着られない。 鈍い小さな痛みと彼の唇の感触に、僕の身体は浅ましく熱を持ち始める。 スタンは僕のスゥエットをずり下げると、膝で僕の足を思いきり広げた。眼下に晒された僕のペニスは半分頭をもたげていて、先走りをこぼしている。 スタンの腕が僕の頭ごしに伸びて、枕もとのベイビーオイルのボトルヘッドを押す。僕は腕を無理に伸ばしてスタンのジッパーを下ろす。お互いの荒い息が滑稽で、同じだけ卑猥で、腰が揺れるのを止められない。濡れた指に性急に後ろを暴かれて、待ちわびた刺激に歯を食いしばる。 ほどなくして僕の足を抱え上げると、スタンはペニスを僕の入口にあてがった。触れられればそこはすぐに弛んで、オイルと先走りのぬめりを借りてスタンの怒張が入りこんでくる。一番太いところが中のいいところを擦っていくのに、僕の喉から潰れた悲鳴が漏れる。薄いアパートの壁の向こうから、どん、と叩かれる音がするけれど、そんなのは僕らを煽るだけだ。 スタンがうっとりとして言った。 「やっぱり、カイルの中が、最高だ」 スタンの言葉に、それが数時間前までどこの誰とも知れない女のヴァギナに入っていたペニスだとまざまざと思い知らされる。嫌悪感だけはどうしようもなくて僕は身を捩るけれど、縫いとめられている下半身はびくともしない。 「う、やだ、や、」 何度体験したって慣れない。僕のアヌスとスタンのペニスの間に他人が入り込んでいるような錯覚が僕を手ひどく打ちのめす。 スタンの指が僕の前髪をいとおしそうにかきあげた。 「女を抱くときは、お前の泣いてる顔想像するんだ。そうでもなけりゃ脂肪の塊なんかで勃たない」 スタンの声は熱っぽく上ずる。彼は自分の言葉で興奮している。 スタンはバイだ。男も女も抱く。抱かれてくることもある。僕を傷つけるためだけに。 「あ、あ」 腰を緩く揺らされて、僕の声はひきつる。僕の意思に反して収斂するそこが、ぐず、と水音を立てる。 「カイルはキツいな」 スタンの掌が僕の薄い胸を肉を掴んで、爪が乳首を弾く。どこもかしこも比べられている。安っぽい香水の彼女と、彼が今まで肌を合わせてきた人間と。 嫉妬で気が狂いそうになる。きっともうとっくに狂っているのに、涙も感情も止まってくれない。呼吸はみっともなく乱れて、嗚咽が横隔膜を押し上げる。 「カイル、苦しい?」 僕は息もできずに、何度も頷いた。苦しい。苦しくてばらばらになってしまいそう。 ああ、とスタンが長い息を吐く。 「いいぜ、すぐにも、いっちまいそう」 彼の、気持ちよさそうに寄せられる眉、緩慢なストローク。浮かした顎の下で喉仏が上下する。 中に入り込んだ自分のペニスをなぞるかのように、スタンの指が僕の臍のあたりを撫でた。電流みたいな快楽が僕を貫いて息が止まる。 スタンが僕の内臓に手をつっこんで、ぐちゃぐちゃに引っ掻き回すグロテスクな妄想が、頭の芯を痺れさせる。 かきまわされている。どこもかしこも。 スタンは僕の涙を吸うと満足そうに笑った。 眼球を覆う温かい舌を感じたのと、彼が僕の中で射精したのは同時だった。 腹の中にじわりと広がっていく熱をつぶさに感じて、緩く繋がったまま、スタンの脱力した体重を受け止めた。汗みずくの肌が密着する。腹の間に挟まれた僕のペニスはもう何度精を吐きだしたかわからない。感覚を失って精管だけがじんじんと痛んでいる。 スタンは肩越しにマグカップの置かれたテーブルを一瞥して、僕の髪に顔をうずめた。 「来てたの誰だ」 僕の瞼のあたりで唇が呟く。押し殺しても声が苛立っているのがわかる。僕は呼吸を整えながら応えた。 「ケニーだよ」 「俺のいない時に部屋に入れるなよ」 僕は半分呆れて言った。 「ケニーは女にしか興味ないよ」 スタンは目も合さずに、知ってるけどさ、とぼやく。 「いつか気が変わるかも」 僕はスタンの後頭部に手をやり、すべらかな髪を梳く。 「スタンは馬鹿だな」 「馬鹿じゃない」 スタンは首を振った。口元が不機嫌に歪むのに、得体のしれない嬉しさが僕の喉元をせり上がってくる。 「お前は駄目だぜ」 「うん?」 「合意だろうがそうじゃなかろうが、相手を殺してやるから」 僕は少し笑った。スタンが捕まったら困るからしない。第一スタン以外の人に触れて気持ち良くなんかなれるわけがない。僕はスタンの望まないことなんかしない。知ってるくせに。 スタンの乾いた唇が僕のそれを探って、キスの間に僕の口のなかで、うわごとみたいに言った。 「ずっと塞いでたい、このまま、誰もお前の中に入って来れないようにしたい」 スタンの声が僕の鼓膜に溶ける。背中が意識と遠いところでぶるりと震えて、しんじゃう、と僕は呻いた。 夥しい小さな死と、 持て余す大げさな愛、 息苦しさ。 残らずスタンに占められて、僕はもう幾許もものを考えていられそうにない。 end. 130420 |