えすとえむのひげき


風呂を済ませて自室に戻る途中の廊下で、土方の行く手を阻んだのは沖田だった。

「土方さん、磁石にS極とM極があるのは知ってやすね?」
沖田がニヤニヤしているときはろくなことがない。土方は眉間に皺を作った。
「なんだ、藪から棒に」

「いいから。S極とM極があるのは知ってやすよね?」
あれ、N極じゃなかったっけか。そうは思ったが自信がなかったので、知ったかぶりをして流す事に決めた。ちなみに寺子屋時代の土方の理科の成績は丁である。
「お、おう、知らねーでか」
「S極とM極は強い力で引き合うのもご存じで?」
「バカにしてんのか!」
そこで!通信販売のような前置きの後、じゃじゃーん、と間抜けな効果音を口にしながら沖田がビンを突き出す。
「その原理を応用したのがこの製品!」
ビンの中にはなにやらアルファベットが印字された、赤と白のカプセルが詰まっている。土方は訝しげに凝視した。
「なんだコレ?」
「この赤いのが人体のなかのS成分を抽出し精製するS錠。この白いのが人体の中のM成分を以下同文するM錠」
「…精製するとどーなるんだよ」
「くっつくんでさ」
「くっつく?」
「ガチーンとくっつきやす」
人差し指と人差し指を交差させてみせる沖田に対し、土方の顔にはクエスチョンマークが浮かんでいる。
「例えば近藤さんがS錠を飲んで土方さんがM錠を飲むと、身体がひっついて取れなくなりやす」
具体的な人物名を上げられて土方はちょっと顔を赤くしたが、ぷいとそっぽを向いた。
「は、バカバカしい、くっついたからどうなるっていうんだ」
「わかってねぇなぁ、土方さん」
ちっちっち、と人差し指を鼻先で揺らす。それからびしっと突きつけた。
「つまり、コレを使えば四六時中近藤さんと一緒、トイレもフロも合法的に一緒に行く事ができるんでさぁ!」

「ううッ」
土方はのけぞって固まった。脳裏を様々な妄想がよぎる。座るときも寝るときもだっこされるような体勢になるし、飯時も二人羽織みたいな形になる。はい、あーんってのもできる。
戦闘の時など隊務をこなすにはどう考えても不便極まりない状況だが、今の土方の血が上った頭ではそこまで考えが回らなかった。

こほん、と咳払いをひとつして、土方は沖田の手からビンを取り上げた。
「こ、これは預かるかんな」
「バカバカしいんじゃなかったんですかィ?」
「バ、バカヤローこんな危ないモノオマエに持たすわけにいかねーからだ!」
没収だ没収、と言う声はどこか上擦っている。沖田はひでぇや土方さん、と頬を膨らませてみせたが、土方はそわそわしながらすぐにその場を後にした。



「まず掴みは成功だぜィ」
廊下を曲がったところで待機していた山崎と合流して、沖田は親指を立てて見せた。
「イヤでもアレでほんとに上手くいくんですかね…」
山崎は不安げに沖田を一瞥して、手元にある取扱説明書に今一度目を通した。
人体の中のサディスティック的気質を最大限に高めるS錠と人体の中のマゾヒスティック的気質を最大限に高めるM錠。ピンク色のふざけたフォントで、『二人の夜がエキサイツ!』という字面が躍っている。いわゆるアダルトグッズの一種だ。
昨日屯所を訪れた胡散臭い行商人の天人から沖田が買い入れた。土方をからかうのにもってこいだと言うのだ。山崎はといえばその場に居合わせただけだったのだが、なんだかんだで沖田にいいように使われている。
「いくら副長だってこんなミエミエの罠にひっかかるほど底抜けにバカじゃ…」
言いかけた山崎の視界の縁、いそいそと湯飲みと茶菓子の載った盆を携えて土方が横切っていく。

「底抜けにバカなんですね、あのひと…」
山崎は力無い笑みを浮かべて取説を畳んだ。




「近藤さん、茶、飲まないか」
ノックもおざなりに、息せきこんで部屋に入ってきた土方に近藤は目をぱちくりさせたが、すぐにいつもの豪快な笑顔になった。手入れをしていた刀を鞘に収め脇においやる。
「おー、酒じゃなくて茶か?」
珍しいこともあるもんだ、という近藤にちくりと痛む良心をおさえて、土方は不自然な笑顔を作った。
「茶菓子のいいのがあるんだ」
「餅菓子か。ありがてぇ」
近藤の好みは把握しきっている。ぎゅうひを使った菓子には目がない。あんこの中にSと書かれたカプセルを忍ばせてある。
畳に盆を置くと、近藤の手はすぐに菓子に伸びた。
一口で餅菓子を呑み込んだ近藤は、ずずっと茶をすすって美味い、とうなる。
さきほどMと書いてある方を飲んでおいた。土方は握り拳を作って反応を待った。


変化は期待したのではない方向に、すぐに現れた。
近藤の目つきが険しく、冷めたものになる。真剣勝負の時ともまた違う。こんな近藤を見たのは、長い付き合いにおいて一度もない。

「トシ」
反射的に背筋が伸びる。土方は呆然として近藤を見た。

「脱げ。どうせ抱かれに来たんだろう」

今まで近藤が自分にこんな口を聞いた事はない。土方はうろたえ、何事かと言おうとしたが、近藤の強い声にかき消された。
「返事は」
「は、はい」
ごくり、と喉を鳴らす。
視線が痛い。いつも土方を見つめるときの、慈しむような目じゃない。蔑むような、それでいてどこから獲物を噛み砕くか舌なめずりをしている目だ。
得体の知れない恐怖心と、近藤に詰られ急速に上がった心拍数は、土方の身体になぜか性的な興奮をもたらしていた。

のろのろと帯を解き、肩を落とす。
下帯の中の自身は、もう緩く布を押し上げていた。土方は唇をかんだ。
「堪え性がないな」
近藤は喉でわらった。その声音にも反応してしまう。

「四つんばいでここまで来い」
言われるまま、土方は血が上った頭でぺたりと床に這った。羞恥心の類は働かなかった。
情を全く含まない近藤の声は、麻薬のように土方の思考回路を痺れさせていた。

傍まで這い、おどおどと見上げてくる土方の顔を、近藤は乱暴に自らの股間に押しつけた。
「わかるな?」
低く問われ、土方は震える手で布地をかきわける。
まだ半分しか立ち上がっていないそれを、先端からゆっくり口に含んでいく。近藤は土方の後頭部を掴んだ手で、自分勝手に動かしだした。
喉の奥の柔らかい部分を抉るような動きに、土方は睫を伏せ、ぽろぽろと涙を流して耐えた。歯を立てないようにと顎を開くのが精一杯だった。
口の端からは呑み込みきれない唾液と滑りが伝って、ぽたぽたと畳に染みを作る。
自らの快楽を貪るだけの律動に、土方への気遣いは全く感じられない。しかし自分が道具にされていると思うと、土方の身体はひどく疼いた。

空いた方の腕を伸ばした近藤が、無造作に土方の性器を握る。
「んうッ」
咄嗟に歯を立てそうになって口を離した。
「しゃぶるだけで感じてるのか」
くつくつと嘲られ、急所を鷲掴まれもみ上げられて、噎せながら腰を捩らせる。

近藤は漸く土方自身から手を離すと、出しっぱなしの布団に背を倒した。
「尻をこっちに向けろ」
顔を跨ぐように指示され、土方も今度ばかりは躊躇した。
縋るような目で近藤を仰ぐが、許す気はないらしい。
「トシ」
厳しい声で促されて、ぎゅうと目を瞑る。逆らえない。

おそるおそる近藤の身体を跨ぐと、すぐに後腔に無骨な指が侵入した。
「ひぃッ」
さらに、生暖かい湿った感触が入り口を塞ぐ。それが舌だとわかって、土方は目を見開いた。
「や、汚…」
腰を引こうとするが、近藤の掌でがっちり押さえられて敵わない。
「口がお留守だ」
脅すような口調に抵抗を諦め、怒張へ震える舌を這わした。

自分の口元と、下半身から立つ、いやらしい水音が土方の耳を打つ。
土方は普段こんな体位を近藤に許さない。明るいところで性行為に及ぶ事もまず無い。
性器も、蕾も、すべて近藤の目の前に暴かれていると思うと、恥ずかしさに目が眩みそうだ。
奉仕に集中しようとするが、執拗に前立腺を掠り中を拓く指に意識が持っていかれてしまう。
「きゅうきゅういってるぞ」
「やあ、も…」
指だけではいいところに届かない。もっと大きい質量を求めてそこは収斂する。
「まるで発情期の猫だな」
酷薄に嗤う近藤に、土方は乱れた息の下から涙声で訴えた。
「ちが、こんど、さ、だけぇ…ッ」

突き飛ばされるように身体を反転させられて、ひ、と息を呑む。足をかかげ、のし掛かる近藤の目はぎらついていた。近藤は今までくじっていた窪みに自身を添えると、間髪入れずに割り裂いた。
「っひ、ああーッ」
長い息を吐いて衝撃をやりすごす。腹いっぱいに詰まった近藤が脈打つのに、圧迫感はすぐに甘い痺れになっていく。息を整える暇もあたえず、近藤は腰を使い始めた。
ひきつれた粘膜の痛みと、滑りと奥への突き上げとが、強烈な刺激となって土方を呑み込む。
「やぁ、こわれ、る、ゥっ」
近藤のセックスはいつも荒っぽいものだったが、思えばあれでも大分手加減してくれていてたのだ、と土方は初めて悟った。
激しく揺さぶられ呼吸もままならない。
土方は裏返った悲鳴を喉から漏らし、押し寄せる快楽の奔流に悶えた。





『どこに何が入ってるか言ってみろ、トシ』
『、俺、の、…にィ、こんど、さんの…』
『聞こえないぞ?ん?』
『やぁ、恥ずかし…、んぅ、は』

モニターから聞こえてくるテンプレ的会話。山崎は苦虫を噛みつぶしたような顔で、いまどきナポ○オン文庫でも言わねーよ、と思った。
「…はぁ…見てるこっちがバカバカしくなるくらいノリノリですね」
「低音がちょっと拾えてねェな…マイクはもうちょい高性能のを買うべきだった」
ヘッドホンを押さえながらブツブツと呟く沖田に、山崎はぎょっとして振り返る。
「まさかアンタこのビデオ売るつもりじゃないでしょうね?!マズイっスよ腐っても二人とも公人なんだから!」
「大丈夫でィ会員制だから」
「…」
山崎は天井を仰いで、おかあさんごめんなさい、僕就職先間違えたみたいです、とひとりごちた。





もう何度目になるかわからない水のような精を吐いて、土方はのどで呻いた。
達したばかりの敏感な内壁を容赦なく刷り上げられ、しこりを突かれ、あられもない嬌声が断続的に漏れる。
「やだ、も、出なッ…」
既に出し切ってしまった精液の代わりに押し出されるものを予感して、土方は必死に堪えようとしたが、下半身の感覚がバカになっていてどこを力を入れていいかわからない。
そうこうするうちに排尿感がかけあがってきて、膝をがくがくと震わせて失禁した。
「なんだ、トシ、おもらしか」
耳を塞ぎたくなるような近藤の揶揄も、今の土方には刺激にしかならなかった。
抱えられた腿がびくびくと引きつる。息つく間もなく次の絶頂の波が襲う。
打ち込まれたペニスだけが自分を自分たらしめているような錯覚に陥る。頬を際限なく濡らす涙が訴えているのは苦痛ではなく愉悦だった。
下腹部に迸る温かさを感じながら、土方は意識を手放した。






「うー…腰が外れそうだ…」
「頭がガンガンする…」
洗面台の前に並んだ、近藤と土方の顔は土気色をしていた。

「トシ…何あったか覚えてるか、昨日」
「さっぱりだぜ…アンタは?」
「トシが菓子持ってきたあたりまでしか覚えてねえ…」

目覚めると折り重なるように布団に倒れ込んでいたうえ、全身が精液やら汗やらでべたべただった。
近藤と事に及べたのになにも覚えていないのが悔しかった。これだけ腰がおかしくなっているからには相当激しいセックスだったのだろう。そんなに激しいものだったなら思い返して独り寝の際のオカズに使いたかったのに。勿体ない。土方はシンクに寄りかかりながら歯噛みをした。
隣で大ざっぱに顔を洗う近藤をちらりと見て、土方は歯ブラシを取った。腕がちょっと触れ合ったが引き合う様子はない。いまだにあの薬の効用は全く現れる気配を見せない。ちくしょう、総悟め。土方は口の中で毒突いて、歯ブラシに歯磨き粉をしぼり出した。



一方、近藤の部屋の入り口には、早朝から呼び出された山崎が佇んでいた。
「…それで、この部屋片づけるのオレなんですよね」
山崎は畳の上に拡げられた凄惨な光景を前に、右手にバケツ、左手に雑巾を握りしめて涙目になった。